ショートストーリー「和平交渉」

西暦二〇XX年 地球とマルス星との戦争は二ヵ月であっけなく終わった。マルス星の優れた科学力により地球側の武器はことごとく無力化され、攻撃されるだけの戦いだった。人類はマルス星の要求を受け入れるしかなく、宇宙に浮かぶマルス星の宇宙船に各国代表十数名が向かい、会談を行う事となった。

スキャナーで身体検査をされ、エスカレーター式になっている長い廊下に運ばれて辿り着いた部屋には、大きな半透明のテーブルが一つあり、向こう側には代表者らしきマルス星人が一人座っていた。その容貌は通称「リトル・グレイ」そのままで、体は人間の子供程度、真っ黒な目と尖った耳が大きく、鼻と口は小さな穴が開いているだけ。髪の毛は無く、緑がかってツルンとした肌をしている。
「ナントイウコトダ!」
それが、地球代表を見たマルス星人の第一声だった。迎えの宇宙船の中で取り付けられた超小型マイクとスピーカーの働きで、発した言葉はすぐに翻訳されて相手に伝わるようになっている。
「どうかなさいましたか?」
アメリカ合衆国大統領 ジョージ=クラークが皆を代表して発言した。
「オオゼイデ クルヒツヨウガ ドコニアル?」
「しかし、全人類に関わる事ですので、後で食い違いや反対意見が出ないように慎重を期す為には、この人数でも少ない位です」
「ナカマドウシ イシノソツウモ デキナイノカ?イケンヲトウイツシ ダイヒョウヲエラブコトガ デキナイノカ?ナント マトマリノナイ レンチュウダ」
「……申し訳ございません」
「ワタシハ ジブンノホシノ スベテヲリカシテイル。ダカラ ダイヒョウトシテ ヒトリ ココニイル。ワタシノコトバハ マルスセイジンスベテノコトバダ」
「御一人で交渉を?!それは素晴らしい」
「ソレニ オマエタチハ コチラノイウコトヲ スナオニキクシカナイ。ワタシヒトリデジュウブン ダ」
“こちらを見下してやがる……”
大統領は頭にきていたが、ここで怒らせてはせっかくの会談がフイになってしまう。
「……それに、護衛官もおりますので」
「ゴエイカン?ソレハ ナンダ?」
「重要人物に付き添い、その安全を守る者のことです」
「ソレハ コチラヲ シンヨウシテイナイ ト イウコトカ?」
“しまった!”
地球の代表全員に緊張が走った。マルス星人はガラスを引っかくような“キーキー”と高い声を発しながら続けた。
「ジツニ ゲンシテキダ!ソンナシステムデ ジブンタチヲ マモロウトスル トハ!」
どうやら笑っているようだ。“キーキー”と言う声は、マルス星人の笑い声らしい。
「護衛は、原始的ですか」
「ケガナド ワリニアワナイ。ソレニ ワレワレハ オタガイヲ キズツケアッタリ シナイ」
地球の代表達は、その言葉にドキッとした。
「と言うことは、マルス星に犯罪や争いは無いのですか?」
「カンシシステムニヨリ ブキハ ムリョクカ サレル。ハンザイヲオコセバ スグニツカマル。ソンナ ムダナコトヲ スルモノハ イナイ。モンダイハ ハナシアイヤ ゲームデ カイケツスル」
「ゲーム?」
「フクザツナノデ オマエタチニハ リカイシニクイ ダロウ」
耐え切れなくなった大統領が再び手を挙げた。
「お言葉ですが、地球にもゲームはあります。野球やボクシング……」
またマルス星人の甲高い笑い声が響いた。
「マルデ チガウ!カラダヲツカッテ キズツケアウ ヤバンナモノト イッショニスルナ」
「マルス星では、体を使うことが野蛮なのですか?」
「ワレワレハ チノウヲタカメ カンゼンナシステムヲ ツクリアゲテ セイカツシテイル。ロウドウモ ミニクイキズツケアイモ ナイ」
地球の代表者たちは、戦争での情景を思い出していた。攻撃は全てロボットが行い、マルス星人が姿を見せることは無かった。この宇宙船にしてもオートメーション化されているらしく、目の前のマルス星人以外に人影は無い。
「では、今回の戦争も貴方達にとっては『ゲーム』だった、と?」
「ワレワレハ チキュウニアル シゲンガホシカッタ。オマエタチガ ロウヒスルヨリ ワレワレガ ツカッタホウガ ユウコウダ。オマエタチハ マケタ。ワレワレノ イウトオリニ シテモラウ。ソレガ ルール ダ」
段々と、地球側の代表者達の顔が赤くなってきていた。
「しかし、でしたら、戦争ではなく、外交関係を結ぶなど……」
「オマエタチハ サルヤ イヌト ガイコウカンケイヲ ムスブカ?」
「何?」
「ソレニ ワレワレノ ナガイアイダ ヘイワニクラシ タイクツシテイタ。オマエタチガ イウトコロノ『カリ』ヲ シテミタカッタ」
地球側の代表者達は、誰一人喋ろうとしなかった。大統領は周りを見渡した。他の代表者達と目が合った。皆考えている事は同じだな――大統領は右手を差し出した。
「シッテイルゾ。『アクシュ』ダナ」
マルス星人も右手を差し出した。お互いが、手をしっかりと握り合った。
“よし!”大統領の左が―硬く握られた左の拳が―マルス星人の顎にヒットした。握ったままだった右手を引き、テーブルの上にマルス星人を引き上げると、皆が一斉に飛び掛って押さえつけた。
「ナニヲ……!」
マルス星人は口を押さえられ、その後の言葉が続かなかった。
「ここに武器はない。やはり監視システムとやらは作動しないようだな」
大統領は口の端をニーッとつり上げた。
「しかし、機械に頼り切り、痛みを知らないお前にはこれで充分だろう。特に、我々の連れてきた護衛官は鍛え上げられたプロ中のプロ。そんな奴に思い切り殴られるとしたら、どうする?」
護衛官が黙って握り拳を突き出すと、マルス星人の体が小刻みに震えだした。
「さて、痛い目に会いたくなければ、その高い知能をフルに活用して、今まで散々いたぶられた我々地球人が納得するような提案してもらうとしようか」

ショートストーリー「和平交渉」」への1件のフィードバック

  1. Kitamoto様のショートストーリー久々ですね!とても面白く読みました^ – ^
    いるんですよね知能が高くなりすぎて体動かさないやつ(^_^;)

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