ショート小説「言葉を固める」

またマンションのゴミ捨て場に不燃ゴミが出されていた。今日は火曜日。不燃ゴミを出す日ではない。犯人は分かっている。二〇一号室のガキ、吉田だ。今期の掃除当番が私で、あまりうるさく言わないと知っていてなめている。もう仕方がない。とりあえず二〇一号室のドアを叩いた。
「吉田さん、いらっしゃいますか?」
「朝早くから何の用?」
寝起きで機嫌が悪そうな表情を隠そうともせず、吉田がドアを開けて顔を突き出した。
「吉田さん、また違う日にごみを出しましたね?不燃ごみは木曜にだけ出してください」
「ワリィ、今度から気を付けるって」
そう言いながら、吉田は明らかに面倒くさそうな顔をしている。ダメだ。反省してない。この馬鹿ガキはまた同じことを繰り返すに決まっている。
「次からちゃんとしてくれます?」
口先だけの確認だ。
「ハイハイ気を付けますよ」
信じるかボケ。
「本当ですか?ちゃんと木曜に不燃ごみを出します?」
「うるせぇなぁ、ちゃんと出すよ!」
“よし!”ガチッ・・・途端に吉田の目から光が消えた。これでこいつがもう木曜以外の日にゴミを出す事は絶対ない。

吉田が返事をした瞬間、私はヤツの言葉を「固めた」。固められた人間は絶対にその言葉に逆らえなくなる。これが私の能力だ。「絶対ですね?」と言って相手に同意してもらわなくてはいけないとか、一回使ったら三ヶ月間は使えないとか面倒くさい条件がある。だからそう簡単に使えるわけではない。

ところで、私の仕事は美術商だ。最近は坂田という金持ちの家に出入りしている。
「俺は確かに成金だが、投資や見栄で美術品や骨とう品を買い漁っている訳じゃない。自分が心動かされるものを手元に置いておきたいと願っているだけだ」
確かに嘘は言っていない。ただ、坂田の場合はその欲が強すぎる。
坂田の審美眼は確かだ。一級品以外は見向きもしない。その反面一旦欲しいとなったら、それ手に入れるためにはどんな手段も躊躇しない。時には持ち主を脅したり、罠にはめたり、盗み出すことも辞さない。屋敷の何処かに非合法に集めた美術品を隠しておく部屋もあるという噂だ。
実は私の真の狙いもその部屋にある壺だ。韓国の美術館から盗まれた白磁の壺を取り戻してほしいと、政府から密かに依頼があった。調査の結果、坂田が盗ませて密かに所蔵しているところまでは突き止めた。しかしその先から手が出せない。セキュリティは厳重で、屋敷のどこにあるか知っているのは坂田ただ一人。証拠がないので警察も手が出せない。

付け入る隙がないまま半年が過ぎた。今日も坂田の信用を得ようと様々な美術品を持ってきたが
「心が震えない。こんな屑はさっさと持って帰ってくれ」
と一蹴された。それどころか私がただの美術商ではない事も知っているようで
「俺をがっかりさせないでくれよ。あんたなら気に入るものを持ってきてくれると見込んでいるんだ。しかし、気を許しすぎて迂闊な事を言うととんでもない目に遭うかもしれがな。フフフッ・・・」
と薄ら笑いさえ浮かべる始末だ。坂田は一筋縄ではいかない。仕方ない、奥の手だ。

まず、私はとっておきの逸品を持参した。
「おっ!この茶碗は・・・」
「気に入って頂けましたか?」
目の前に置いた途端に坂田の目の色が変わった。当然だ。これこそ長い間行方不明だった古田織部の茶碗で、海外の収集家が隠し持っていた幻の品だ。坂田が黙っている筈がない。
「うん、これは素晴らしい品だ!あんたを見込んだ甲斐があったよ」
「恐縮です。また良い物が見つかったら持参しても宜しいでしょうか?」
「勿論だ。幾らでも持ってきなさい!」
「幾らでも持ってきなさい?本当ですか?」
「本当だとも!」
ガチッ!――坂田の目から光が消えた。
「では早速、美術品の隠し場所に案内してもらおうか。ロックも外してもらうぞ」
「分かりました…」
ようやく坂田に狙い通りの言葉と言わせる事に成功した。これで坂田が持っている美術品は持ち出し放題、依頼された壺も取り戻す事が出来る。
私の能力は、本人が認めさえすれば効力を発揮する。
例えば「持って来なさい」→「もってきなさい」→「持って(行)きなさい」のように言い間違いだろうが、曲解だろうが。

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