ショート小説「ヒーローの才能」

西暦二〇XX年、太平洋上に浮かぶ日本最大の海底資源採掘施設「アトランティス」が突然の海底地震と津波により倒壊し、海中に沈んだ。見学者や作業者、研究者など二十二名が施設内に取り残されていた。更に、タンクや海底油田に繋がるチューブから原油や放射性物質が流出する可能性があった。人命と環境破壊の両方において未曾有の被害が予想される大事故に、日本政府は戦慄した。

事故から一週間後、海上自衛隊・海上保安庁の合同救助チームによって海面を漂っていた救命艇が発見され、アトランティスと共に沈んだと思われていた人達が生きていたというニュースは世界を駆け巡った。
“あの大惨事の中、何が起こっていたのか”
と、彼らの言葉に皆が注目した。

(証言)
瀬戸浩一―海洋生物学者
「大きな揺れと衝撃が突然きて、建物全体が斜めになったまま揺れ続けていました。海の中に沈んでいると知ったのは暫く後でした。分かった時にはゾッとしましたよ。アトランティスが崩壊すれば、その汚染被害は計り知れない。しかし、我々は学者だ。ただ立ち尽くすしかなかった。そんな時にさっと動いたのが彼、アズマさんでした。操作パネルを確認して、スイッチを色々押してバルブや遮蔽扉を操作し、浸水や汚染物質の流出を食い止めてくれました。慌てる様子もなく、心配ないとでも言いたげに笑顔さえ浮かべながら。彼の事はよく知らないのですが、きっと機械技師の才能判定Aの敏腕技術者でしょうね」

東芝正太郎―海洋資源採掘技師
「事故が起こったとき、我々は海底の鉱脈にボーリングを行っている最中でした。突然爆発音が響き、目の前が真っ暗になりました。気が付くと床には仲間の技師達が怪我をして倒れていました。重傷だったし、放っておいたら死んでいたかもしれない。全員助かったのはアズマさんのおかげです。すぐに駆け付けてくれて、我々を勇気づけるように笑顔を浮かべながら救命措置やけがの手当てをしてくれました。あの状況であんな事が手際よく出来るなんて、きっと救命士や医師の才能を持って生まれた、才能判定上位者の天才なんでしょうね」

佐野雅治―深海潜水艇「みかさ」パイロット
「アズマさんがいなかったら、私達は全員、海の底で溺れ死んでしたかもしれません。彼は壊れていた無線を修理して中の状況を正確に我々に伝えてくれました。それだけじゃない、救出されるまでの一週間、中に残った人達を笑顔で勇気づけてくれながら、爆発で瓦礫の下敷きになったりした怪我人を助けだし、救命艇まで背負って連れてきてくれました。怪我人は何人もいて、危険な場所や崩れかけの通路を何往復もしてくれました。それに、アトランティスが海底に沈むのを少しでも長引かせる為、最後まで残って排水ポンプを手動で動かし続けてくれて・・・結局最後はアトランティスと共に沈んでゆきました。操作室内のカメラで見ていたのですが、あの人は最後まで笑っていました・・・本当に凄い。電子回路の知識、あれだけの救助が出来る体力、それに他人の為に命を懸けられる自己犠牲の精神、技術者やアスリート、人を思いやる想像力の才能判定Aの超人、ヒーローの才能の持ち主に違いないです」

(日本政府の回答書※発表はされなかった)
調査の結果、アトランディスにいた研究者、作業者、医者や看護師の中にアズマと言う人物はいなかった。また政府が5歳児に義務付けているどの才能判定テスト上位者の中にもアズマ氏のDNAデータや特徴と一致する者はいなかった。

(東作治の置手紙※事故の約十八年前)
治樹へー父さんは姿を消します。伯父さんに預けた札束を見ればその理由は察してもらえると思います。詳しくは話せませんが、暴力団が集めた汚い金を父さんが盗みました。治樹、才能判定がどれも最低のCで何処へ行っても馬鹿にされた事、しかも『感受性が鈍く、いつも薄ら笑いを浮かべている何の役にも立たない人間になる』とまで言われた事、父さんは本当に悔しかった。どうか伯父さんと一緒に身を隠し、才能判定で就ける職業や結婚相手まで決められ、我々のように生まれ持った才能がない貧乏人がのし上がるにはこうして盗みをするしかない世の中に絶望することなく、誇りを持った立派な人間になってください。このお金を使って一生懸命勉強し努力すれば運命は変えられる筈です。治樹には『どんな時も笑顔でいられる』と言う才能があるのだから。

ショート小説「ヒーローの才能」」への2件のフィードバック

  1. 遅くなりましたが、いま読みました。
    これも、どんでん返しというか、最後の、謎が解けるところが面白いですね。
    もう一度読み返してみます

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