『魅せられて~チラ見せばあさんとチラ見じいさん』山城窓

 

 

 

魅せられて
~チラ見せばあさんとチラ見じ
いさん

 

 

 

山城窓

 

 

 

 今は今、あるところに、チラ見せがたいそう得意なばあさんがいました。ブラの肩ひもを透かして見せたり、下着のラインの見える白のパンツを穿いたり。
 時には、「私さあ、写真写り悪いんだよー」などと言いながら、運転免許証を見せつつ、そこに記載のある誕生日をチラリと意中のじいさんに見せたり。
 またある時には、浜辺で子供たちに「TPPって何の略?」と尋ねられて困っているじいさんの視界に入るように、その砂浜に「Trans-Pacific Partnership」と書き綴って見せたり。
 そんなふうに優しさもチラ見せするばあさんに、チラ見じいさんはすっかり参ってしまいました。波にかき消される「Trans-Pacific Partnership」を眺めながら、じいさんはそのばあさんのことを想いました。
「そうだ、何かお礼をしよう。お礼をしつつ、口説き落とそう。このあいだ見たあのばあさんの免許証によると誕生日はちょうど明日だ」
 あくる日、公園のベンチで胸元をチラ見せしているばあさんに声を掛けました。隣に座り、誕生日おめでとうと伝えた後で、じいさんは「これをもらってくれんか」とミニスカートを差し出しました。「これならスカートの中もチラ見せすることができるじゃろうて」
 ばあさんは眉間にしわを寄せながら言いました。「こんな変態なプレゼントねえ、若い頃なら右ストレートでぶっとばしてたところだけどねえ、私ももう若くはないからねえ、ありがたく受け取っとくよ」
 じいさんは喜びました。そして気を良くしたじいさんはばあさんに尋ねました。
「ラインのIDを教えてくれんかのう?」
「なに言ってんだい。さっきから見せてるだろ?」
 そういわれてじいさんがばあさんの手元を見ると、そこにはスマホがあり、その画面にはばあさんのラインのトップページが開かれていました。
「じゃあ、いいんだね」とじいさんは唾を呑み込みつつ確認しました。
「やれやれ気づいてないのかい」ばあさんは呆れたように言いました。「あたしは前からあんたのことが好きだったんだよ。あんたは下着ばっかりチラ見して、恋心はチラ見してなかったんだね」
「まさかこんなじいさんでいいとは思わないじゃないか?」
「あんたのほうこそ、こんなあたしでいいのかい? 巷じゃ『シースルーばあさん』なんて呼ばれてるあたしだよ。『シースルーばあさん』といえば聞こえはいいけど、実際はただの半露出狂だよ」
「いやいや、『シースルーばあさん』も別に聞こえはよくないぞ」
「ふっふっふ」
「はっはっは」
 そうして二人は一緒に仲良く暮らしました。
 しかしとっくに九〇を越えていたばあさんも長くはありませんでした。
 まもなく寝たきりとなり、じいさんはばあさんの世話に勤しみました。
ばあさんが何か食べたそうにしていたら、じいさんはおかゆを口元に運びました。
眠そうにしていたら、灯りを消して、忍足で歩いて、その眠りを妨げるすべてを排除しようと努めました。寒そうなら毛布をかけてやりました。
 ばあさんがチラ見せするサインを見逃さないように、じいさんはいつもばあさんの顔をチラ見していました。顔……というより、その表情、息遣い、鼓動、ばあさんが発するすべてをとらえようとしていました。だからこそ、じいさんはばあさんがもう終わりだということにもすぐに気づいてしまいました。じいさんは誰にいうともなくつぶやきました。
「なあ……死期なんてチラ見せしないでくれよ……なあ……」

 

 
 やがてばあさんは天に召されました。
「本当にチラ見せが得意なばあさんじゃったよ」とじいさんは、近所の子供たちにどこか誇らしげに語りました。「おかげですっかりわしはチラ見が得意になってしもうた」
「もうチラ見ができなくて残念だね」子供たちは無邪気にそう言いました。
「なあに、大丈夫じゃ。墓に行けばな、骨壺がチラと見えとるんじゃ」
「いや、ちゃんと埋めなよ!」
「その骨壺からは、ばあさんの白骨が顔をのぞかせてるしのう」
「いや。ちゃんと納めなよ!」
「なによりもなあ、ばあさんはなあ、今でもいつでもわしの視界の端に映りこんできよるんじゃ。チラチラチラチラとな」じいさんは満足そうにそういいました。実際、チラチラと視線を泳がすじいさんには何かが見えているようでした。
「思い出をチラ見してるんだね」と子供は笑って言いました。

 

 

おしまい

 

 

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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