『鏡痛の友人-②-』山城窓

 

鏡痛の友人
-②-

山城窓

 

 

 

「あなたの科白は先にある程度決めておいたほうがいいね」と私。
「ある程度でいいの?」と映子。
「いいんじゃない、あんまりがっちり決め込むより。占いの結果なんかはその時に考えたほうがいいと思う。私が考えてあなたに伝える」
「どうやって?」
「紙にでも書いて渡すわ」
「そんなとこ見せたらお客さんに不審がられるんじゃないの? 私が占う役なんでしょ?」
「そんなとこ見せなければいいのよ」
などと打ち合わせをしながらまずは映子の家に向かった。映子の家は最初に会った公園のすぐ隣だった。三階建てのマンションの三階。間取りは1LDK。隙間もゆがみもなく敷かれたカーペットが足の裏に心地よく、リビングには二人掛けのソファ……
 実家は裕福なのかと問うてみると、それほどじゃないけどそれなりに、とのこと。だから今までバイトもしたことなくて、今は一人暮らしだけど親からの仕送りでやっていけていて。他にもみんな良くしてくれて、なんだかんだと食べさせてくれたり分けてくれたりって人も結構いて、贅沢はできないけど困るようなことはなくて。そんな話を彼女は訥々と語って。
 そして映子の衣装を考えた。ブルカみたいなものがいい、全身を覆うような布がいい、色はやっぱり黒がいい、ってなことを話していたが、とりあえずブルカみたいなものはなかった。紫色の風呂敷があったので一度試しに映子に被せて適当に括ってみたが、忍者みたいになりそうだったので、それは諦めて黒い麦藁帽子を被ることにした。服は黒い長袖のワンピースが一番それっぽかったのでそれを着せてみると予想通りそれっぽくなった。映子が寝室と呼ぶ奥の部屋にはベッドの脇に姿見があって映子はそこでくるくると回って自分の姿を確認した。私は何かもっと厳かな、それでいて神秘的なアクセサリーはないかとジュエリーボックスを見つけて勝手に漁ってみたが、いちご型のネックレスやらハート型のイヤリングやら可愛らしいものばかりで使えそうなものはなかった。
 黒猫でもいればもっと雰囲気が出るだろうか、と私が呟くと、猫はいないけどホウキならあると映子ははりきって言った。ホウキはいらないと丁寧に伝えて、私たちは占い師を目指しているのであって、それは魔女とは違うのだと主張すると、じゃあどうして黒猫ならよいのだという話になって最終的には別になんでもよいかと落着した。
 水晶玉が欲しいところだったが、それらしいものはなく、やはりなんでもよいかとの思いで、ほら貝を代用することになった。「どうしてか昔から家にあって、なんとなく実家から持ってきていた」そうだ。よくわからないが、よくわからないほうが良いだろうとも思えて、そのころには西日も差してて、思い立ったが吉日を信じる私はもうなんでもいいから、さっさと出かけたいって気持ちだったので、その他もろもろとっとと準備して出発した。

 

 駅からデパートやバス停やらに向かって幅の広い歩道橋が伸びている。ペデストリアンデッキというやつだが、一部は広場のようになっていて花壇やベンチもある。ギターをかき鳴らし歌を歌う若者もいる、二名ほど。その二名は互いの音がぶつからない程度、混ざらない程度に距離を置いている様子。彼らを従えるがごとく、その中間地点に私たちは陣取る。運動会やキャンプが似合いそうなアルミのレジャーシートを敷いて。で、紫の風呂敷を台座として上に丁寧にほら貝を置く。それを前にして映子に座ってもらう。卓上カレンダーを全部めくって現れる白い台紙に「占」とだけマジックで書いておいたそれを看板としてレジャーシートの端に置く。映子は不安そうに目を泳がせている。一歩間違うと物乞いに間違われそうだし、映子の特質からすると物乞いをしたほうが稼ぎになるかもしれなかったが、「占」と書いたからには占いをしようと心を決める。全体にチャチな感じは否めないが、足りない部分は私たちの特質で補えばよいのだ。
 段取りを改めて確認し合ってから、私は早速獲物を探す。会社帰り、学校帰りの人たちが目の前を流れていく。そろそろ眼鏡が必要かなってぐらいの視力の私は遠くはぼやけてよく見えない。伝わる痛みも同様で、あまり離れるとその痛みはぼやけて上手く捉えられない。歩行者にそろそろと歩み寄ったりしながら私はうろうろと痛みを探す。
 そしてやがてそれを見つける。これは私自身の痛みではないよね、って確かめたいが、それも完全には区別できず、でもさっきまで私はこんなところ痛めてなかったし、急に痛くなるようなことも起きていないんだからってぐらいの確認で、いざ見切り発車。白紙のコピー用紙を挟んだバインダーを小脇に抱え、その痛みの源であろう人を追う。
「すいません、失礼ですが」と相手の肩口から声を掛ける。
「はい?」と相手は目を見開いて振り向く。だいぶ年上、でも年の割には胸元を開いていて、よく見ると豊満なボディ。若いころは派手に遊んでたんじゃないかなって思えるようなこういう人は、映子を自分と感じるだろうかと訝りながらも私は話を進めることにする。
「あなたは腰を痛めていますね?」
「はい……」と頷く豊満なボディ。警戒しながら……でも立ち止まってくれた。
「実はあちらに占いの先生がいてですね」と私は映子のほうを手の平で示す。「あなたの腰痛に気付いたそうです。運勢がやや下降気味と思われるそうで、心配なさってます。腰痛もそのひとつの現れだそうでして。よろしければ少しお話をしたいということですが、お時間ありますか?」
「時間ないです」とあっさりいって豊満ボディは足早に立ち去ってしまった。時間の有無を聞いたのがよくなかったのだろうか。
 反省しながら今度は虫歯が痛む女子高生に声を掛けたが、これは無言で立ち止まらずに行ってしまった。三人目の黒いスーツのOL風の女性は、口内炎を言い当てられてOL風に驚いていたが、口元を押さえてOL風に逃げていった。驚きが強すぎたのかもしれない。が、驚きが強いのは悪い傾向ではないんじゃないかな、と思ってめげずにまた声を掛けるとその四人目がつかまった。同じ痛みを感じることを嬉しく思えるほどの突き抜けた美女だった。
「あなたは右膝を痛めてますね?」
「ええ…」と不思議そうに応じる美女。そしてまるですでに打ち解けたかのように「やだ、あたし歩き方おかしかった?」
「いえ、歩き方は素敵でした」と私は思わず褒め言葉。「ただあちらに占いの先生がいまして、あなたの右膝に悪いものがついていると感じたそうです」
「そうなの?」まるで疑うこともなく、その美女は目を丸くする。そして映子のほうを見やる。美女はまもなくうっとりとした目を見せる。映子に見惚れているということは、自分に見惚れているのだろう。
「はい、それでよろしければあなたの運命の助けになれればと思いまして、声を掛けさせていただきました。ちょっとこちらに来てもらえますか?」
「はい」と素直についてくる美女。私は映子のほうを指し示し、映子の前に導いてレジャーシートに座ってもらう。お客さん用の座布団はあったほうがよかったかな、と薄く後悔するが、まもなく映子の棒読みが始まる。
「はじめまして。わたくし御井山鏡視三代目、映子と申します。本家は四柱推命、姓名判断を主としていますが、私はさらに人相、手相、貝音聞と幅を広げ、それらを融合して鑑定いたしております。深遠な宇宙のその奥底に人の手が届くことはありえませんので、確実にあなたを救えるという保証はありませんが、あなたの進むべき道を照らしだすことはきっとできます」
 美女はただただ映子に映る自分に目が眩んでいる様子で、話はとくに聞いていないように見える。
「よかったら占わさせていただきますが」と私が美女の横から様子をうかがう。「もしかしたら膝の快方にもつながるかもしれません。膝の具合はどうですか?」
「ああ、なんか最近よく痛むんです。だいぶ前にちょっと捻っちゃってて、でももうとっくに治ってると思ってたんだけど、最近ちょっと走ったら、ぶり返しちゃったみたいで…」
「靭帯の損傷なら膝の周りの筋肉を鍛えたら良いらしいですよ。スクワットとかで」と映子が占いでもなんでもないことをいう。私は拳を振り上げて殴るぞってポーズを取る。映子はごめんねって感じの上目遣いを見せるが、そういうのも要らないからちゃんとやってくれ、というメッセージを私は表情で映子へ叩き込む。映子がつばを飲み込んで続ける。
「差し支えなければお名前うかがってよろしいでしょうか?」
「ああ、はい」といって美女はフルネームを名乗る。「どういった漢字ですか?」という問いにも答えてくれている。美女はこっちが心配になるぐらいに無防備だ。そんなことを思いながらも私は美女の斜め後ろでバインダーを下敷きに映子に読ませる占いの結果を適当に白紙のコピー用紙に書いておく。
「では次に瞼を見せてください」
「瞼?」
「ええ、瞼は人間の気、音、霊、色、糖のすべてが集まる場所なんです。そこから多くの甲が滞とともに見出せるわけです」
 私が用意しておいた科白とはいえ改めて聞いてみると何いってんだこいつ、と思ってしまう。が、美女は「はあ、なるほど」と頷き、「どうすればいいんですか?」と神妙な面持ちで訊いている。
「目を閉じてもらえますか。目を閉じれば瞼は見えますので」と映子がいうと、
「これでいいですか」と美女は目を閉じる。その隙に私はしたためておいた鑑定結果の用紙を映子に渡す。ふんふんと頷きながら映子はそれに目を通す。そしてあらかた頭に入った様子で、その用紙を傍らに置いて、「聞こえました」と告げる。
「はい?」と美女が目を開ける。
「それで占いの結果は出たようなんですが」と私が割って入る。
「なんですか?」と無垢な眼差しでこっちを見る美女。この隙にも映子は傍らに置いていた鑑定結果に目をやり、もう一度その文面を確認する。
「大変言いにくいのですが」と私は前置き。本当にこんなに言いにくいとは思わなかったと慄きながら。「鑑定料というものがありまして、結果をお伝えするには二千円お支払いいただかなくてはならないのですが……」
「二千円?」
「いえ……あの……二百円で結構ですので」
「……ああ、そうなんだ」と有料であることにややがっかりした様子を見せながらも、「まあそのぐらいなら」と美女は財布を取り出す。「はい、どうぞ」とニコっと笑って差し出す小銭を私は頭を下げて受け取る。ありがとうございます、と心からの言葉を送って。
「では申し上げます」と映子が切り出す。「あなたの魂は誰からも愛される音を奏でています。それは幸せなことのはずですが、残念ながら獣性の溢れかえる現世ではそうなりません。あなたを廻っての争いというものが常に起こっています。激しい嫉妬の嵐がいくつも巻き起こっているわけですが、その複数の嵐の独楽のごとくぶつかり合いが軋轢を起こし、気に歪みが生じてます。そしてそうした見えない軋み、歪みというものはその只中にいるあなたの身体にも必ず影響を及ぼします」
 時々私の書いた用紙を横目で見遣りながらではあったが、映子は無難に話した。美女は何かを思い出すように斜め上を向いている。やがて美女は映子に向かって、
「たしかに……なんだか……そういうことはあります……」と少し困ったような顔で告白した。
 あるのか、と私は彼女の日常に感心する。
「それでどうしたらいいんですか?」と美女は縋るような目で、でもどこか試すような口調で問い掛ける。
「えっとですね」と映子は傍らの用紙に目を走らせてから告げる。「あなたは天格、地格、総画すべて非常にすばらしく……沸き立っていますので、通常であれば軋み、歪みもあなたに害を及ぼさないのですが、今月は滅、劣、乙が……めりこんでます。そのため当分は滞の傾向が大変強いので、外出は控えたほうがよいでしょう」
「はあ……」と困った顔で美女は呟く。「外出は控えるっていっても……仕事があるんだけどな……」
「なるべくでいいです」と映子は何かものを頼むようにいう。
「なるべくなら」それを受け止めるように美女は頷く。本当にいい人だ。否が応にも罪悪感が芽生えてしまう。そもそも人の痛みを見つけ出してお金を稼ぐなんて、邪なことなんじゃないかとも思えてしまうが、美女は最後には締め付けから解き放たれたような一段と輝く笑顔を見せてくれたので……まあいいか。
「綺麗な人だったね」美女の背中を見送りながら映子は感に堪えない様子を見せる。
「性格もキレイなんだろうね、あの人」私は握り締めていた二百円を財布に移す。
「上手くいったね」
「危うかったけどね」
「うん、危うかった。だってあなたの字、急いで書いてるから最初あんまり読めなくて、すっごく焦っちゃった」どこか楽しそうに映子は微笑んでそういう。
「それよりあなたが占いらしからぬことをいうのが怖かったんだけど……」
「ごめんね。でも……上手くいったね」
「いいお客さんだったからね」
「うん」と呑気そうに頷く映子を見やりながら、
「なるべく今の人みたいな美人を選んだほうがいいかもしれない」と私はつぶやく。「まあ、あんな美人はそうはいないだろうけど」と嘆息する私に、
「ところで」と不思議そうな顔で映子は尋ねる。「どうして女の人ばっかりなの?」
「どうしてって?」
「私別に男の人でも大丈夫よ。『君って俺なの?』とか、はっきりしたことはいわれないんだけどさ、『俺に似てるね』とかはいわれたことあるし。なんか『君といると落ち着く』だとか『君になら自分のすべてを見せれる』とか簡単に言われるから、たぶん自分みたいに感じられてるんだと思う」
「言ってなかったっけ?」と私が首を傾げる。「私が駄目なのよ、男の人は。痛みとか伝わってこないみたいなの。基本的には」
「基本的にはって?」
「お父さんとか弟とかの痛みは感じたんだけど、他の人のは感じないの。他の人でも体を重ねてからは感じるようになるんだけど……だからだいたいが駄目なの」
 ふ~んと映子は通販で購入した洋服の色が思ってたのとちょっと違うといったぐらいのがっかりとした目を見せるが、やがて、まあこれもそんなに悪くないからこれでいいやといった顔で頷く。
「声を掛けたい男でもいたの?」と私は何かを察して尋ねてみる。
「そういうわけじゃないけど」気のせいか映子は頬を赤らめる。「さっきからね、ずっとこっち見てる男の人がいるのよ。ほら、向こうの、パンジーの花壇の横の……シャツとジーパンの……短髪で……ちょっとかっこいい人」
 映子が教える方を見やる。たしかに誰かいるし、こっちを見ているような気もするが、私にはよく見えない。
「暇そうだから声掛けてみればいいんじゃないかな、ってちょっと思ってたの」
「ああ、そう」と曖昧に私は頷くが、ちょっと気に掛かってその男との距離を縮めてみる。遠回りにそれとなく近づいて、その男の輪郭がクリアに見えたそのときに、右肩に違和感を覚える。その顔にもその違和感にも覚えがあって、私はすっと踵を返して映子の元に戻り、「今日は終わり」と告げる。
「え?」
「あなた喉渇いてるでしょ」
「うん」
「なんか飲もう」
「いいけど」
 トートバッグにバインダーもほら貝も「占」の看板も、ぱっぱと放り込む。慌てる私を映子は心配そうに見つめて尋ねてくる。「どうしたの、急に? 具合悪いの?」
「あいつ肩に違和感がある」
「あいつって?」
「翔太」
「誰?」
「あとで話す」
 手を休めない私に映子もつられたのか、レジャーシートを手早くくるくると巻く。そしてそれもバッグに突き刺して、さ、行こう、と思うが、そのとき肩の違和感が背後から強く迫る。「おまえさっきから何やってんの?」と翔太が声を掛けてきた。仕方なく振り向く。
「なんでもいいでしょ」
「よくねえよ。なんか怪しいことやってんのかなって思って心配でよ」
「あなたには関係ない」
「関係なくはねえだろ。俺はおまえのことが大好きなんだぜ」
「気持ち悪い。消えて」
「俺ら付き合ってんだろうが」
「とっくに別れたはずでしょ」
「俺は承知しなかっただろ?」
「私が別れたいっていってんのよ」
「俺は別れたくないっていってんだろ。何回言わせんだよ」
「口もききたくないんだけど」
「嘘付けよ。俺は大学がこっちだけど、おまえこのへんに用事なんかないだろ? おまえも俺に会いたかったんだろ?」
「本当に気持ち悪い」私は全身で威嚇しながら目の前の空間ごと押し出すように言い放つ。「いいから消えろよ、下衆野郎!」
 ここまでいってやっと翔太は引き下がる。唖然とした表情で。その隙に私はおろおろしている映子の手を取り、大股で歩く。肩の違和感が薄らいでいく。追って来てはいないようだ。

 

 

 

つづく

 

 

 

 

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作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

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