『動機は嫉妬』山城窓

 

動機は嫉妬

 

 

山城窓

 

 

 

 フィアンセの死をしずかは受け入れられなかった。三日後には結婚式を控えていたのに……一緒に幸せになろうと誓ったばかりなのに……どうして……こんなことに……
 泣いても泣いても涙は枯れることなく、ことあるごとにそれは溢れた。涙ばかりか、怒り、悔しさ、もどかしさ、はがゆさ……そして言葉になりきらない気持ちが胸の奥から溢れ続けた。

 せめて犯人を捕まえてほしい。彼を殺した犯人を。しかしその願いも叶いそうになかった。殺人現場は完全な密室で、捜査のプロである警察も、稀代の名探偵も、その謎を解けずにいた。容疑者は数名浮かび上がったのだが、誰であれ犯行は不可能と思われた。

犯行が確定したわけではない。だけどもしずかはその容疑者たちを恨まずにはいられなかった。容疑者はみな女性だった。その女性たちはみな過去に彼と関係をもっていた。しかししずかを怒らせたのはそんな過去のことではなかった。

 彼はモテていた。女たらしとしても知られていた。それをわかったうえで、しずかは彼と交際した。そして結婚を決めるに当たって、彼はそれまでのすべての女性と関係を絶ったのだ。そこで関係を絶たれた女性たち……それが今回の事件の容疑者たちだった。

しずかの心は激しくうねった。容疑者たちの誰が殺したのかはわからない。でも誰が殺したとしてもその動機は嫉妬? 嫉妬なんかで人を殺したっていうの? 自分の思い通りにいかないってことだけで? そんなことで幸せを……人生を……命を奪った? 


せめて犯人には犯した罪の重さを感じさせたい。そして一生苦しんでほしい。しかしそんな想いもどこにも届かない。警察はみな、すでにあきらめ顔で、捜査に進展は見られない。容疑者の一人の女性が不自然に口をつぐんでいて、印象としてはもっとも怪しく思えたが、証拠らしい証拠はまったくなく、単にショックを受けているだけなのだろうと片づけられていた。

 あるとき、しずかは意を決して二階の自分の部屋の勉強机の引き出しを開けた。その中に広がる異空間には、知人から借りていたタイムマシンが浮かんでいた。そのタイムマシンに飛び乗り、ゆがんだ時計が無数に描かれたような異空間を過去へと進み、しずかは彼が殺されたと思われる晩に戻った。タイムマシンは時を越えるだけでなく、空間の移動も同時に可能で、その出口は、彼が殺されたその彼の部屋とした。

 空中にできあがったマンホールぐらいの穴から、しずかは彼の部屋を覗き込んだ。その部屋のベッドでは、彼が別の女を抱いていた。容疑者の一人の、不自然に口をつぐんでいた女だ。彼は
「愛してるよ、本当に愛してるのはおまえだよ」
などと言いながら、その女を激しく抱いていた。しずかはわなわなと震えながらも、すたっと部屋に飛び降りた。そしてすぐに部屋の片隅に立てかけられていた金属バットを手に取った。それを振りかざすと、不自然に口をつぐんでいた女は、
「キャー!」
と悲鳴をあげた。そして床に散らばっていた自らの衣服やバッグを拾い集めながら後ずさり、そのままドアから部屋を出て行った。彼は全裸のまま固まっていたが、しずかはその彼の脳天に金属バットを振り下ろした……


意識を失い倒れる彼を見やってから、しずかは思い当たってつぶやいた。「ああ、そうか、犯人は私だったのか」

 そしてしずかは部屋の鍵を中から掛けて、金属バットを持ったまま、タイムマシンに乗り現在へと戻った。戻りながら思った。
「まあ、殺害動機が嫉妬だってのは、当たってたといえば当たってたかも」

 

 

 

おしまい

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

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