『寝ぐせのラビリンス⑩』山城窓

 

 

 

寝ぐせのラビリンス⑩

 

 

 

山城窓

 

 

 

 日曜の午後だけあってラザミは混んでいるようだ。三階建てのラザミの脇の道路には自動車がそわそわと連なっている。僕らの車もその列に加わる。
「ねえ」とユミカが話し掛ける。「ここのどこにいるかとかわかってるの? 何階の何売り場にいるとかさ?」
「わからないし見当もつかないよ」っていうか今でもここで働いているのかどうかさえ定かじゃない。
「探し出すしかないってこと?」
「そうだね」
ユミカは窓の外のラザミを見上げた。その大きさを確認しているようだ。鋭いその眼は城を攻め落とそうと企む軍師のようでもある。
自動車たちは順番にゲートをくぐる。ユミカもゲートの前で窓を開けて駐車券を受け取る。そして屋上の駐車場へ続く螺旋状の通路を走る。薄暗い螺旋の通路は、僕の記憶を揺さぶった。自分の記憶の奥にねじれながら食い込んでいくような感じがした。咲子がもがいていたあの海底の岩間へと続いているような気さえする。
ふと僕は振り返った。堂村たちも少し遅れてついてきた。螺旋の通路を二周三周し、屋上駐車場が近づくにつれて、ユミカの眼は鋭さを増した。そして唐突に僕に告げた。
「一発で停めるわ」
「何を?」
「車をよ。切り返しなんかしてる暇はないわ。だから私は一発で停めてみせる」
「それで?」
「停まったらすぐに車を降りて。そして入り口まで………エレベーターか階段まで一気に走って。わかった?」
「わかったけど…そんなに急ぐ必要はないんじゃないかな?」
「あの人たちに捕まるわけにはいかないじゃない?」
「話せばわかってくれそうな人たちだよ?」
「とりあえず空いてるところを見つけて!」
 屋上駐車場もやはり混んでいて、ぎっしりと自動車が詰まっている。低速で走りながらユミカは神経を研ぎ澄まして空きスペースを探す。僕はぼんやりと辺りを見回す。
「あそこが空いてるわね」ユミカが見つめる先には一台分だけ駐車スペースが空いている。彼女が操る車はあまり減速せずに頭からそこに入った。そしてユミカは予告通りそこに一発で停車させた。そして流れるような動作でシートベルトを外し、エンジンを切り、キーを抜き、ハンドバッグを手にして、ドアを開けて車を降りた。僕も慌ててそれに続いた。
僕が車を降りドアを閉めた瞬間にユミカは鍵を閉めた。
「さ、早く!」とユミカが僕を呼ぶ。ユミカは確信を持って走り、僕は躊躇いながら小走りでそれに続いた。
 その時背後から僕の名前を呼ぶ声がした。振り向くと堂村が車の窓から顔を出してこっちを見ている。彼らはまだ空きスペースを見つけていないようだ。
「ちょっと待ってくれ! 話がしたい!」と堂村は立ち止まった僕に向かって叫ぶ。
「行きましょう」とユミカが僕の手を取って走り出す。ユミカに導かれるままに僕は再び走り出した。どこか後ろめたい気持ちで。
「とりあえず階段のほうが早そうね」そう言ってユミカは階段を下る。もちろん僕もそれに続く。三階で店内の地図を確認する。このフロアにはレストランや本屋やおもちゃ売り場や寝具売り場や電化製品売り場がある。フロアは前に一度来た時はさほど広いとは感じられなかったが…ここから咲子を見つけ出すことを考えると気が遠くなるほど広大に感じられる。このフロアだけで何十人…いや百人以上の店員がいそうだ。それが三フロア。わかっていたこととはいえ気が滅入る。
「さ、行きましょう」とユミカは何故か楽しそうだ。
「行くしかないね」と僕は覚悟を決めた。
 女性の店員を一人一人確認しながら僕らは通路を歩いた。
「ねえ」歩きながらユミカが僕に問いかけた。「名前はなんて言ったかしら?」
「板川咲子」
「外見は? どういう感じ?」
「…あんまり特徴はないかな」僕は咲子のことを思い浮かべた。そのイメージは自分でも驚くほど不鮮明だった。もしかしたら擦れ違っても僕は咲子に気づかないかもしれない。
「身長はどのくらいなの?」
「高くもないし、低くもない感じだった。百六十あるかないかってとこだね」
「太ってるの? 痩せてるの?」
「太ってはいないんだけど、本人は太ってると思い込んでたみたいでよく気にしてた」
「顔は? かわいい? ブサイク?」
「かわいかった。少なくとも僕の目にはそう映ってた」
「あなたの主観抜きでは?」
「…普通かな。うん、ブサイクでは無かったはずだ」
「あなたやっぱりまだ咲子さんのことが好きなのね?」
「…どうだろ」と言ってはみたが、ユミカのいうとおりかもしれない。咲子のことを思い出すと自然と気持ちが高ぶる。今日咲子に会えるかもしれないと思うと涙腺が不安定になる。
「髪型はどうだった?」
「あの時はショートだったと思う。肩までは届いてなかった筈だ。ストレートで色は真っ黒だった」
「肌は?」
「凄く白かったし、凄く柔らかかった」
「もういいわ」とユミカは何故か嫌気が差したかのように言った。「見つけるのはあなたに任せる」
 僕は了解した。しかし咲子はなかなか見つからない。見つけたとしても一体どんな顔でどういうふうに声を掛ければいいんだろう? 向こうはわざわざ会いに来た僕をどう思うんだろう? 見当もつかない。それにしても…見つからない。

 

 

 

 

 

 

つづく!

 

 

 

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作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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