『寝ぐせのラビリンス⑫』山城窓

 

 

 

寝ぐせのラビリンス⑫

 

 

山城窓

 

 

 

 

 

 

 僕らは同じ三階の喫茶店に入った。堂村たちを警戒して僕らは出来るだけ奥の席に座ることにした。客は少なくはなかったが、幸い一番奥の席は空いていた。その席に着くとウェイトレスが忙しさのせいなのか不機嫌そうに水をテーブルに置いた。急かされた感じがした僕はとりあえずレモンティーを注文した。ユミカは慌てる様子もなくクリームソーダを頼んだ。注意深く注文を復唱するウェイトレスの声は、いつか聞いたことのあるものだった。その顔を見上げると、「以上でよろしいでしょうか?」とやはり聞き覚えのある声が淡々と訊ねた。「はい」と僕が肯くと、すぐに彼女は去っていった。
「今のたぶん咲子だ」どういうわけだか僕の言葉は精気を欠いていた。
「今のが?」と言ってユミカは振り返ったが、ウェイトレスの姿はもうそこにはない。「間違いない?」とユミカが僕に確認する。
「どうだろう?」僕はかつての咲子のイメージを手繰り寄せながら考えた。「髪の色も長さも違うな。昔は黒かったし短かったしストレートだったけど、今の人は茶髪だったし長かったしウェーブが掛かってた」
「そのぐらいの変化はあっても不思議じゃないでしょう?」
「そうかもしれない。ただ…」
「ただ?」
「咲子だとしたら向こうも僕に気が付かなかったってことかな?」
「知らないわ、そんなこと」
「また来るかな? レモンティーとクリームソーダ持って?」
「来るんじゃないの?」
「どうしよう?」
「何が?」
「本当に来たら。それで本当に咲子だったらどうしよう?」
「咲子さんに会いに来たんでしょ、私たちは?」
「そうだけど…」
「じゃあ、しっかりして。ここで怖気づいてたら永遠にあなたの寝ぐせは直らないわよ」
「うん…」
 ユミカは根本的に強い人間なんだろう。そして強く立ち向かうことで全てを解決してきたんだろう。だから他の人にもその生き方を勧める。でもみんながみんなそんなに強いわけじゃない。弱い人間が無理して壁に立ち向かうことで、二度と立ち直れないほどに砕けてしまうことだってある。たぶんユミカはそこをわかってはくれない。
 僕がそんなことをうだうだと考えていると、さっきのウェイトレスが平然とトレイを持ってやってきた。ウェイトレスはトレイの上のレモンティーを僕の前に置き、クリームソーダをユミカの前に置いた。僕はその顔をずっと見つめていた。やっぱり咲子っぽい。名札を見る。「板川」と書かれている。間違いなさそうだ。しかし…言葉が出ない。僕は思わずユミカを見る。ユミカも僕の顔を窺っている。僕が肯いてみせると、ユミカはウェイトレスに話し掛けた。
「板川咲子さん?」
「はい?」とウェイトレスは…いや、咲子は不思議そうに応えた。
「板川咲子さんですね?」
「そうですけど?」
「この人覚えてますか?」とユミカは僕を人差し指で示しながら訊ねた。
 咲子は僕の顔を見た。見ながら咲子も記憶を辿っているようだった。僕は固く黙ったまま会釈した。咲子は思い当たったのか躊躇いがちに言葉を零した。
「覚えてますけど…」
 覚えていてくれた。少し安心した。懐かしさで意識が上ずった。
「この人、あなたに用があるみたいなんです」とユミカが続けた。
「用?」
と咲子は警戒しながら言い、改めて僕を見た。咲子もユミカもそれ以上何も言わない。そうだ、僕が何か言わないといけない。
「久しぶり」と僕は言葉を搾り出した。
「…何の用なの?」
「突然来て悪いと思うけど…」僕は慎重に前置きした。「話したいことがあるんだ」
「何を今さら?」
「『今さら』じゃない。僕らは結局一度もちゃんとは話し合ってない。今初めてちゃんと話すんだから、『今さら』なんて言えない」
「相変わらず理屈っぽいわね」早くも咲子は機嫌を損ねたようだ。「それに相変わらずだらしないわね。寝ぐせぐらい直してきなさいよ」
「直らないんだよ、これは」
「直らない?」
「上手く言えないけど…君のせいで直らないらしい」
「本当に相変わらずね。何でもかんでも全部私のせいにしたいわけ?」ますます機嫌を損ねてしまった。このままじゃ駄目だ。このままじゃ三年前と同じだ。
「ごめん」と僕はとりあえず謝った。「とにかくちゃんと話をしたいんだ」
「見ればわかると思うけど私仕事中なのよ」
「何時に終わる?」
「二十二時」口調がぶっきらぼうになってきた。咲子も相変わらずなようだ。僕は時計を確認した。十七時過ぎ。四時間もある。が、僕は仕方なく覚悟を決めた。
「待つよ。終わるまで」
「本気?」咲子は呆れたように言った。僕が肯くのを見た咲子は思い直したように言った。「私、十八時から休憩だから。話があるならその時にして」
「わかった」
「それじゃ」と言って咲子は急いで仕事に戻った。
「よかったわね」とユミカが言った。「会えたじゃない」
「会えたけど…」
「何?」
「いや、別に」
 そうだ。上手く話す自信がない。話したところで何も伝わらない気がする。とりあえず僕は席を立った。
「どこ行くの?」ユミカが訊く。
「トイレ」
「気をつけてね」と彼女は言った。隣の席の客が少し不思議そうな顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

つづく!

 

 

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作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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