『寝ぐせのラビリンス⑤』山城窓

 

 

寝ぐせのラビリンス⑤

山城窓

 

 

 

 

 そういえばユミカ以外には誰もこの寝ぐせを気にする様子がない。そんなことを思いながら僕は職場を訪れた。すれちがう人たちと殆ど無意識に挨拶を交わし、検査室に入って今日の仕事を確認する。金曜日にしては仕事が少ないな、と思ったところで、珍しく西淀さんが検査室に入ってきた。彼はまずダンボールを三箱積んだ台車を部屋の中に押し入れた。何でも新しい製品があるから、こっちを先に急いで見てくれとのことだった。
「やり方はこれに書いてるから。基本的にはいつもの物と同じなんだけど。他にわからないことがあったら訊いてくれ」とだけ言って西淀さんは忙しそうに去っていった。
 面倒臭そうだと思いながらも僕はその製品を確認した。いつものやつと同じじゃないか?と一瞬思ったが、よく見ると商品名に「R」と付け足されている。よくわからないが、従来のものに何らかの改良が加えられたということだろう。まあ、僕がそれ以上のことを知る必要もない。僕はいつも通りやれと言われたことをやるだけだ。
作業指示書に目を通す。ダンボールを開けて製品の数を数える。それから秤で一つずつ重さを測る。容器に傷がないかを調べたり、蓋の閉まり具合を確認する。それから一箱につき十二個、合計三十六個を抜き取って、それをクリーンルームに運ぶ。そこでは容器を開けて不純物が混ざっていないかを確認する。そのうちの一部はメタノールに溶かして、調整して、濾過して、機械に掛けて有効成分の含有率を計る。そしてそれらのデータをパソコンに入力する。面倒臭くはあるが、慣れのおかげで順調にことは運んだ。そして…僕の意識は再び寝ぐせへと戻る。

 

 休憩室で食事を済ませて僕は一人ユミカを待つ。そういえばユミカはどこで食事をしているんだろう? どうせならここで一緒に食べればいいのに。そうすればもっとゆっくり話すことができる。一度そういうふうに誘ってみよう。不可解な点はあるが一緒にいて不愉快になる娘ではない。そもそもユミカは容姿がいい。それに彼女はどんな形であれ僕のことを気にかけてくれているようだ。もしかしたら僕に気があるのかもしれない…と勝手に思うのは慎むべきだろうが、少なくとも嫌われてはいないだろう。
何故か鼓動が速くなる。そろそろユミカが来るころだ、と思うと緊張が高まる。何を緊張することがあるんだ、と自分に言い聞かせていると、その緊張を打ち砕くように声を掛けられた。声の主は西淀さんだった。
「おい、ちょっと」
「はい?」僕は力の抜けた声で応じる。
「さっきのやつ、検査は終わったんだよな?」
「終わりましたけど」
「残ったやつはどこにあるんだ? 蓋を開けてないやつ。開けてないやつは商品になるんだぞ?」
「わかってます。いつも通り検査室の棚に置いておきましたけど?」
「あれで全部か?」
「はい」
「百八個しかなかったぞ?」
「それが?」
「『それが』じゃないだろう? 百二十六ないと駄目なんだよ」
「百二十六?」
「ちょっと来い」と西淀さんは僕を手招きしながら休憩室を出ようとした。僕も仕方なく立ち上がった。その時、ユミカが僕の方を見ながら突っ立っているのに気付いた。しかし西淀さんは休憩室を出て行く。僕も仕方なくそれに続く。ユミカは僕を見ながら何かを諦めたように後ろを向いた。何故か見捨てられたような気持ちがした。
 検査室で西淀さんが作業指示書を見ながら独り言のように言う。
「どうして百八なんだ?」
「もともと全部で百四十四あってそこから内容物検査に三十六個抜いたんで残りが百八個です」と僕も独り言のように言う。
「三十六個?!」と西淀さんが無駄に声を張る。「十八個でよかったんだよ、今回のは。全体の数が少ないからさ。困るなあ」その声には怒りが混ざっている。そしてその怒りは僕に向けられている。
「その指示書に三十六個って書いてたんで…」
 僕が指で示した指示書を西淀さんは確認する。余計に忌々しげに西淀さんが応える。
「書いてるからって、考えればわかるだろう? 全体の数がいつもと違うんだからさ」
「そんなことわかりません」
「わからないことがあったら訊けって言っただろ?」
「僕はやれと言われたことをやっただけです。やれといわれたことに関してはわからないことはありませんでした」
「まったく使えないな」と西淀さんは吐き捨てるように言った。「このことは俺が処理するけどさ、今度から気を付けてくれよ」
 そう言って西淀さんはその場を去った。まるで僕が全部悪いみたいじゃないか? 僕に確認不足があったとしてもその前に説明不足があった筈じゃないのか?
 西淀さんから感染した腹立たしさを抱えたまま、一度休憩室に戻ってみた。もしかしたらユミカは僕を待っていてくれているかもしれない。が、彼女はそこにいなかった。というか誰もいなかった。休憩室には人の気配だけが漂っていた。その空気にも嫌気が差した僕はさっさと持ち場に戻った。

 

 結局この日はユミカと話せないまま帰宅した。気持ちはずっと不愉快なままだった。そしてやはり寝ぐせも付いたままだった。ユミカと話したい。そう思って僕は携帯電話を手に取った。が、すぐにそれを手放した。僕は彼女の電話番号を知らない。
 諦めて僕はスーパーで買っておいた弁当を電子レンジで温めた。温まるまでの間に、テレビを点けようとした。しかしその前に玄関のブザーが鳴った。時計を見る。十九時半。新聞の集金だろうか?
 玄関の覗き窓から来訪者を確認する。はっきりは確認できないが、成人男子が二人いる。開けるか、それとも居留守か? 迷いながらしばらく待つ。大した用事でなければすぐ帰るだろう。と思っだが、男たちは帰る気配を見せない。二人は会話もせずにそこで待っている。誰だろう? と訝りながらも仕方なくドアを開けてみる。チェーンは一応掛けたままで。
「どうも、こんばんは」とスーツの大柄な男が微笑みを浮かべながら干からびた声で言う。顔は見たことがない。色黒で健康そうな男だが歯並びは悪い。
「こんばんは」ともう一人の小柄な男が消え入りそうな掠れた声で続く。大柄な男の影で全身が見えない。縁のない眼鏡を掛けた見るからに気弱そうな男だ。「普段は目立たないが絵を描かせたらなかなか上手い奴」といった雰囲気を持っている。そして…二人とも髪が跳ね上がっている。そういう髪型に見えなくもないが…あまりファッショナブルには見えない。…寝ぐせのようだ。
「突然お邪魔してすみません。今ちょっと時間いいですか?」と大柄な方が言う。
「いえ、ちょっと…」と僕は口篭もる。何かの勧誘か?
「それほど時間は取らせませんが」
「はあ」と僕は様子を見ながら考える。
「私、“寝ぐせの里”の堂村といいます。はじめまして」と大柄な男が勝手に自己紹介を始める。「そしてこっちは榎戸といいます」と小柄な男を示しながら続ける。エノキドと呼ばれた男が会釈する。
 勧誘なら適当にあしらいたいところだが…“寝ぐせの里”というのが気になる。
「先日ダイレクトメールも送らせていただいたのですが、そちらはご覧いただけましたでしょうか?」
「まあ…はい」と僕は仕方なく答える。
「ではおわかりかと思いますが」と堂村が嬉しそうに言う。「“寝ぐせの里”はあなたのような寝ぐせの付いた人々のためにあります」
「それは…宗教ですか?」
「宗教的な面もあります。しかし我々には神はいません。教義を信じる必要もありません。ただ救いを求める人々が集まり実際に多くの人が救われている。寝ぐせの里はそういうものです」
「リハビリセンターのようなものですか?」
「そういう面もあります。しかし我々はとくにトレーニングを強いるわけではありません。社会復帰のために頑張る必要はありません。そこに一つの社会が成立しているからです」
「結局のところ、何なんですか?」
「一つの国と考えてもらえばいいと思います」
結局…なんだかよくわからない。
「よくわからないんですけど…」と僕は正直に言った。
「そこでこれです」と堂村は待ち構えていたかのように語気を強めた。そして二枚の紙を狭いドアの隙間から僕の手に渡した。見覚えのある用紙。昨日送られてきたのと同じ書面だ。「次の土曜日。つまり明日ですが説明会を実施するんで、よかったら来てください」
「はあ」
「ことわっておきますが、我々は金銭的なものを求めてはいません。つまりあなたには何の損失も生じません。ちなみに説明会の後には懇親会がありまして簡単にお菓子なども出させていただきます」
「はあ」僕もお菓子に釣られるほど幼くはない。
「来てくれますね?」堂村はどこか威圧するように尋ねる。
「気が向いたら行きます」と僕は話を終わらせるつもりで言った。
「ありがとうございます」と堂村は何故か嬉しそうに言った。「場所はわかりますか?」
「まあ…わかると思いますけど」
「それじゃお待ちしてますよ」
 二人は深々と頭を下げて帰ってしまった。どうもこっちの意志が正確に伝わっていない気がする。まあ、でもいい。期待を裏切るのは申し訳ないが、気が向かなきゃ行かなきゃいいんだ。そもそも不可解な点が多すぎる。……だから説明会か。まいったな。

 

 

つづく!

 

 

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作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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