『寝ぐせのラビリンス⑨』山城窓

 

 

 

寝ぐせのラビリンス⑨

 

 

山城窓

 

 

 ユミカは約束の時間より二十分ほど遅れてきた。僕は持て余した時間に寝ぐせを直そうとした。しかし例によって直らなかった。直らないことで少し安心してる自分がいたのが不思議だった。
 僕はユミカの車の助手席に乗り込んだ。今日はユミカは髪を後ろに束ねている。服装は黄色のシャツにジーパンにスニーカー。動き易そうな服装だ。
車が走り出してから、しばらくすると、
「気付かれないようにさりげなく後ろを見て」とユミカが注意深く言った。
「後ろ?」
僕は何の警戒もせずに後ろを振り返った。黒い軽自動車が後ろに尾けている。見たことがある。…堂村と…榎戸だ。僕ははっきりと堂村と目を合わせた。ぎこちなく僕は目を逸らした。
「もしかして」と僕は言った。「尾けられてる?」
「そうみたいね。それにしてもあなたって不器用ね。『さりげなく』って言ったでしょ?」
「意味がよくわからなかったんだよ」と言ってから僕は続けた。「彼らが僕を尾ける意味もわからないし」
「執念深い性質なのよ。割とエネルギーを持て余して生きてるからね、あの人たちは」そう言ってユミカは再び車を発進させた。
「でも何で勧誘にそんなに熱心になるんだろう? 営業の仕事みたいにノルマでもあるのかな?」
「人数が必要なのよ。あの人たちは。自分たちが少数派じゃ結局はコンプレックスを抱くことになる。だからできるだけ多くの人間…いえ、寝ぐせを求めている。そういうこと」
「合点…」と僕は呟いてみた。「そう言えば君も連れて行かれたんだよね? 寝ぐせの里に」
「ええ」
「君の場合はどうして心に寝ぐせが付いてたの?」
「お母さんが私の目を分度器で突いてきたのよ」
「は?」
「それだけ」
「それだけって? どうして分度器で君の目を?」
「私の目を突こうと思った時に、たまたま手元にあったのが分度器だったかららしいわ」
「いや、だからどうして君の目を突こうと思ったんだよ? 君のお母さんは?」
「いろいろあるんじゃない。そういう時もあるわよ」と平然とユミカは言った。どんな家庭なんだ?と思えるが、何だかこれ以上詳しく聞く気がしない。
「まあ、よくわからないけど…寝ぐせぐらいで済んでよかったね」
「なんでも気の持ちようなのよ。結局は」
「ところで」と僕は話題を変えた。「君はいつのまに僕に呪いを掛けたんだろう?」
「たしか月曜日ね。呪いを掛けたのは」
「月曜日?」僕は月曜日のことを思い出した。あの日、ユミカと会ったっけ? そうだ会った。たしかユミカが僕にマッサージをしてくれたんだ…
「まさか、マッサージをしてる時に?」
「してる時っていうか、あのマッサージがそうなのよ。あれが寝ぐせが付く呪いの掛け方」とユミカは得意げに解説した。
「全く…」と僕は唸るように呟いた。
「怒ってるの?」
「別に」怒りは湧かない。彼女は一応は僕のことを想って呪いを掛けたんだ。僕のことを助けようと思って。だったらいい。ただ不思議なのは…「君はどうしていろいろしてくれるんだろう?」
「いろいろって?」
「僕を助けようと想って呪いを掛けたんだろう? それに今日もそれを直すためにわざわざ付き合ってくれてさ」
「ここを右だったかしら?」とユミカが不意に道を訊ねた。
「ああ、うん、そう」と僕も咄嗟に教えた。ラザミはもう近い。僕はできるだけさりげなく後を確認する。堂村たちはずっと尾けてきている。
「とにかく今は」ユミカが気を取り直すように力強く言った。「寝ぐせを直すことに集中しましょう」

 

 

 

 

つづく!

 

 

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作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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