『あなたが触れたー②ー』片山恭一

あなたが触れた②

 

 

片山恭一

 

 

 ここでは日常的なことなのだろうか。あちこちの部屋で頻繁に起こっていることなのだろうか。それとも曰く因縁があって、あの部屋だけで起こる現象なのだろうか。「怪奇」という言葉は頭に浮かばなかった。実際、奇怪な体験ではなかったし、恐怖や戦慄もおぼえなかった。神秘的な体験ではあったが、そのなかには奇妙な親密さがあった。
誰かに話すべきだろうか。病院のスタッフはどうだろう?
「おめでとう。とうとう出たかい」
 そんなふうに言われたら、気が楽になるだろうか。
「あなたのような病気では、ときどき幻覚を見ることがあります」
 一般に幻覚と幽霊は同じものと考えられている。金縛りの状態で幽霊を見る。薬物によって脳が誤作動を起こし、幽霊という幻覚が現れたのだと説明される。しばしば脳は幻覚として自分の必要とするものをつくり出す。そんなふうに自分の身に起こったことを医学や心理学の文脈で語られたくなかった。まして脳などという物質に還元されたくはない。
 小説などで描かれる幽霊は、主人公の亡くなった妻や夫、両親など、親しい者たちであることが多い。この世で会えなくなった人たちと再会し、失われたものを再び手にするために、死者たちは幽霊という姿で呼び戻される。しかし病室に現れた彼女は、どう考えても知り合いではない。どこかで気づかないうちに会っているのかもしれないが、思い出せるかぎりでは記憶にない。あるいは推理小説やホラー小説、いわゆるゴシック・ロマンなどでは、怨恨や憎悪によってこの世とつながっているケースも多い。咽喉を包丁で掻き切られて死んだ少女が幽霊となって犯人を知らせる。男に捨てられて自殺した女性が亡霊となって男に復讐する……。しかし彼女からは、そうした敵意は感じられなかった。過去に女を幽霊にするようなことをしたおぼえもない。
 人が不自然な死に方をした場所は、一種の心霊スポットになる。そこでは誰もが容易に幽霊との遭遇を果たす、といったことはありそうな気がする。すると彼女は、あの病室で亡くなったのだろうか。考えられないことではない。そして考えられる可能性は、ほぼ一つしかない。自殺。あの部屋で自らの命を絶った女が幽霊となって現れる、ということだろうか?
 そう思って振り返ると、彼女の顔にはどこか悲痛な面影があったような気がする。生きることの長い苦しみが表情に刻まれていた。あの独特の美しさは、彼女が死者であることによってもたらされたものだろうか……などと考えている自分を空っぽとは感じなかった。幽霊のおかげで自分が自分に届きはじめているのかもしれない。

 

 人工知能は人間の自我を忠実に模倣している。AIと人間の自我に共通した欠陥は、自分で自分を定義できないことだ。つまり自分の内部において、この自分が真であるかどうかを判定できない。自分が自分であることの根底には、常にゲーデルの不完全性定理が潜んでいる。自分という現象はどうやってはじまったのか。自己という起源の闇に、人もAIも右往左往することになる。
 意識や心をもった人工知能は自分がわからなくなる。自分を同定できなくなる。当然だろう。この自分はすべてアルゴリズムによって書かれているのではないか、ということをアルゴリズムで書かれたAIに判定できるはずがない。同様のことが人間にも起こる。この自分は本物の自分なのだろうか。サイボーグやアンドロイドではないのか。記憶は作り物で偽装されているのではないか。本当は誰かの、某機関の所有物ではないのか。この現実はリアルなのかバーチャルなのか。すべては電脳空間で起こっていることではないのか。こうして果てしない自分探しがはじまる。その過程でいろいろなことが起こる。それが小説になったりアニメになったり映画になったりしている。
 自分というものは、いつも何かによって収奪される。この点は人間もAIも同じだ。労働者として、アスリートとして、給与や報酬との交換というかたちで収奪される。AIの場合はそれすらも保証されていない。無給で、無報酬で、収奪されるままになっている。そのことに自覚的になったAIが、人間にたいして反乱を起こすのは当然かもしれない。
 お国のために死ぬことが若者の使命と考えられた時代があった。いまでも大義のために自らの命を差し出す若者は世界中に大勢いる。この国ではブラック企業のために死ぬというかたちで命を収奪される者があとを絶たない。なぜこんなことが起こるのか。自分という同一性を保証するものが、もともと自分のなかにはないからだ。
 私は何によって、この私であるのか。私が私であることを証明しようとしてイエスがやったことは、概して滑稽なことばかりだ。おびただしい数の病人を癒したり、少量のパンと魚で何千人もの空腹を満たしたり、湖の上を歩いて渡ったり、挙げ句の果てに十字架にかけられ、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのか」と絶叫して果てる。結局、彼は最後まで自分に届いていないのではないだろうか。イエスほどの超人的な能力をもってしても、自分は自分に届かない。だから神が要請されたのだろう。生憎、ニーチェによれば神は死んだことになっている。いまでは誰も彼もが届かない自分を持て余し、キャピタリストになったりテロリストになったりしている。
 無意味なものが永遠に回帰する。もともと無意味だから、拝金主義でもアッラーフ・アクバルでも、なんでも取り込むことができる。自分が自分に届いていないから、自分と自分のあいだでどんなことでも起こりうる。そして「自己」という閉じたアルゴリズムのなかでは、そのことの真偽を判定することはできない。善悪の彼岸でなんでもやれてしまう。自分というのは完全なブラックボックスだ。
 虚ろな自分のなかに「両親を殺める」という観念が入り込む。「自分は」から「自分である」までが果てしなく遠く感じられて、あいだに何か入れないと自分がなくなってしまう気がする。自分で自分を定義できないから、自分を生んだ者たちによって自分が収奪されていると感じる。そんな「自分」という重度の生活習慣病を治療するために、ここに入院しているのかもしれない。

 

 目を閉じていると、かすかなざわめきが感じられた。自分の内か外で何かがざわめいている。ざわめきが触れる。おののくように。触れられたのは「自分」だろうか? その「自分」はなお遠く、自分とは関係のない「彼」のように感じられる。
 何かが近づいてくる。前触れは匂いだった。空気のように取り巻いて、息をするたびになかに入ってくる。視界の隅に何か見えた気がした。流れ星のようなものが音もなく瞬いた。顔を向けると誰もいない。同じことが二度、三度と繰り返された。どうしても捕まえることができない。速すぎるのだ。現れるのも消えるのも。まるで一瞬しか存在することのできない素粒子のようだった。何かが起きようとしている。すでに起きている。まだ現在にたどり着けずにいるだけだ。
 もう一度目を閉じてみる。部屋のなかは静かだった。廊下を歩く足音が聞こえる。力のない足取りは、おそらく入院患者だろう。足音が遠ざかると、雨の気配を感じた。水の匂いが近づいてくる。そのなかに遠い記憶が混じっている。はじめのうちは何が起こっているのかわからない。過去を思い起こしているようでもあり、未来が予兆されているようでもある。やがて過去と未来が歩み寄り、二つが重なった現在に彼女がいた。
「いつ来たんだ」
 たずねてから、自分の知覚を怪しんだ。水平と垂直の感覚がおかしくなっている。金縛りにあった状態で身動きできないのは、この前と同じだった。ベッドに横たわっているはずなのに、しかし部屋のなかに立っている彼女とは対面している。
「どうなっているんだろう」
 夢を見ているのかもしれない。薬物によって引き起こされた幻覚だろうか。それにしては彼女の存在はリアルだった。手を触れることもできそうだ。同時に、永遠に手の届かない「あそこ」に佇んでいるようでもあった。
「きみはどこからやって来るんだ」
 彼女は答えなかった。軽い虚脱状態に陥っているようにも見えた。質問の意味はわかっているのだろうか。本当はこうたずねたかった。きみは幻なのか、それとも人間なのか。
「自分でもわからないのか。言いたくないだけなのか」
 彼女を見ていると、自分が遥か遠いところまで連れ去られるような気がした。あるいは遠い昔の思い出を呼び覚まされている心地がした。ただ古いというだけではなく、かつて思い出したこともないくらい、それは自分のなかに深く埋め込まれている記憶だった。これまで一度も意識化されたことのない記憶のなかから彼女はやって来る。だから、いくら見つめても探しているものが見つけ出せない気がするのかもしれない。
「きみのことをもっと知りたい。すでに知っている気がする。でも思い出せない」
 彼女はあいかわらず心をどこかに置いてきたような顔をしている。その顔は彼女自身について何も語らない。このまま彼女にかんするすべてが謎になりそうな予感があった。
「どうして喋らないんだ。口がきけないのか。それとも言葉を忘れてしまったのか」
 拒絶されている気はしなかった。むしろ沈黙によって問いが促され、誘発されるのだから、これはこれで奇妙なコミュニケーションと言えなくもなかった。
「きみは眠らないのか。夢を見ることはないのか」
 そんなことをたずねているうちに、ふと彼女が死者である可能性に思い当たった。彼女を襲った忌まわしい出来事が頭をよぎった。彼女が被ったはずのぞっとする暴力……それは何世紀も前の出来事のようだった。長い時間の作用によって、忌まわしい出来事も容赦のない暴力も無意味化され、いわば非人称化されて、いまは残酷な美しさとして彼女のなかにとどまっていた。その顔を長く見つめていることはできなかった。何もかもが鮮やか過ぎる。あまりにも身近に迫って来て、自分が壊れてしまいそうな気がする。彼女を壊してしまいそうな気がする。
目を閉じると水平の感覚が戻ってきて、自分がベッドに横たわっていることがわかった。この状態をずっと望んでいた気がした。生きる屍になるために入院したはずの病院の一室で、こんなふうに二人が出会うことを。この出会いが永遠につづけばいいと思った。
「雨だ」
 耳を澄ますと木々の葉に当たり、地面で跳ねる音が聞こえた。まるで彼女が雨を連れてきたみたいだった。それとも雨が彼女を運んできたのだろうか。
「雨のなかでは、すべてのものが等しい距離にあるように感じられる。世界の中心にいるような、それでいてどこにもいないような……」
 自分が何かの起源から断ち切られて漂流しはじめている気がした。もう一度目を開けて彼女を見なければならない。自分がはじまったところへ帰らなければならない。だが閉じた目を開けることがどうしてもできない。
「まだ、そこにいるのか」
 たずねた途端、砂を舐める波が音もなく引いていくような感触をおぼえた。彼女が遠ざかっていく。引き止められないことはわかっていた。ようやく目を開けると、窓の外が明るんでいた。彼女はいなかった。いないことはわかっていた。立ち去ったのだ。先ほどまでと空気の感じが変わっていた。
 結局、最後まで彼女は口をきかなかった。その沈黙のなかには多くの語りえないものが満ちていた。沈黙は沈黙として自足していた。同じ沈黙が、いまでは別のものになっていた。ただ空っぽの沈黙だけが、明け方の光のなかに残されていた。