『ぼくの父親の話』ヘルツリッヒ

 

 

世の中には色んな父親がいます。巷では理想の父親像が語られていますが、私の父の場合はどうでしょうか・・・・・・理想とはちょっと違うかもしれないけど、面白いことが大好きな父は、私が小さい頃から色々と笑わせてくれました。今回はそんな父の身に実際に起きた面白くも微笑ましい、そんなエピソードをご紹介します。
父は本が好きで、よく本屋へ出かけます。仕事終わりにふらっと寄っては、家族が食事を待っているのにもかかわらず、本屋で何時間も過ごします。特に、車で少し走ったところにある古本屋は気に入っているらしく、その古本屋では本を買うばかりでなく、家でもう読まなくなった本を売ることもよくあります。そんな行きつけの古本屋で、あの出来事が起こるのです。
ある日、父はいつもと同じように古本屋へ出かけました。
そして、古本屋の雑誌コーナーでいつもの定位置に立ち、本を物色するのです。
旧車、バイク、革靴・・・・・・少しくたびれた雑誌たちがひしめき合い、今か今かと新しい持ち主が手に取るのを待っています。並べられた背表紙に一冊、一冊と丁寧に目を配り、何冊かの雑誌を選んでは立ち読みしていました。腕時計を見ると、そろそろ帰らないといけない時間。帰らなきゃと思いつつも、ふとある雑誌の背表紙のキーワードが目に飛び込んできました。家族を待たせてしまうという少しの罪悪感を押しのけて、これも何かのご縁と思い、その雑誌を手に取りました。ペラッと小気味よい音を立てながら、目次から一枚、一枚めくっていきます。ふむふむ、ほうほう・・・・・・その雑誌は見事に父の関心のツボを押さえていて、なかなか興味深いものでした。これは何かの巡り合わせだ!よし、これを買おうと決意してレジに向かおうとしたとき、ヒラっとB5サイズの画用紙が雑誌から出てきました。
少し痛む腰をかがめてその紙を拾うと、そこには明らかに小さな子どもの作品だと思われる似顔絵が書いてありました。白めの肌に黒縁の眼鏡、そして少しの髪の毛と露わになった頭皮・・・・・・どこか見覚えのあるその人物、それは紛れもなく自分でした。その瞬間、走馬灯のように昔の記憶が脳裏をよぎっていきました。
そう、それは自分の息子(私)が幼いころに書いた父の似顔絵なのです。すなわち、その雑誌は自分が以前古本屋に売った本だったのです。
父はその絵を抜き取り、そっと雑誌を棚に返しました。そして、時を超えて気づかせてくれた私に感謝しながら、帰路に就いたのでした。

 

おしまい

 

作者紹介

ヘルツリッヒ
ライター。
時計愛好家です。
新しい時計がほしいときは、ご相談ください。

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