『七夕の風にひるがえるカーテンー④ー』山城窓

七夕の風にひるがえるカーテン
ー④ー

山城窓

 

 

唐崎武雄の怒り

 

 

「何してやがんだよ!!」
 オレは目の前にいる男、西面を怒鳴りつけた。
「それはこっちの科白だな」と西面はこともなげに言い返してきやがった。
 オレは…自分の状況に気付いて驚く。オレは元のオレに戻っている。ずっとカーテンになっていたオレだが…目の前でこいつらがいちゃつきだして…ベッドの上で裸で抱き合っているのを目の当たりにして…どうにか動こうとして叫ぼうとして…でも夢の中でのことみたいに全然体が動かなくて声も出なくて…。そうだ、ずっと夢みたいだったんだ。ちゃんと何かを考えられなくて、カーテンになったことについてどういうわけだか納得してて…
 オレが自分の体を確かめていると、西面はゆかりに「君はちょっと別の部屋にいてくれ。俺が話をつけるから」とか、かっこ付けた口調でいってやがる。ゆかりはシーツで体を隠して、オレを気持ち悪いものでも見るみたいな目で見ながら「やっぱりストーカーだ!!」とかわめいて部屋を出て行った。なんだってオレがゆかりにそんな目で見られないといけないんだ?! そんなふうに思われなきゃいけないんだ?! オレが何をしたってんだ!
「なんなんだよ、おまえは!!」思い余ってオレは改めて西面に叫ぶ。
「おまえがなんなんだよ。そんな格好で」と西面がパンツを穿きながら応じる。
「格好はお互い様だろうが!」
「俺が裸でいるのは君とは理由が違う。見てなかったのか?」
「見てたから怒ってるんだろうが! おまえはゆかりのなんなんだ?」
「わからないのか? 俺はゆかりの彼氏だ」Tシャツを頭に被りながら西面はそうぬかす。
「今だよな? 今付き合いだしたんだよな? おまえは…なんだ? なんだってオレの目の前で…ゆかりを抱いたんだ? 何でオレがこんな思いをしなくちゃいけないんだ?」
「少し落ち着いてくれ。うるさい」そう言って西面は穿いたズボンのポケットから携帯電話を取り出した。「とりあえず君には服を着てもらう」
「ああ!?」
 西面は携帯電話で通話を始める。「詳しくは後で話すけど…唐崎は今ここにいる。…ゆかりの部屋だよ。何故か全裸なんだ。彼の服を一式持ってきてくれ。靴も。…靴下? まあ適当に持ってきてくれよ。早くね」
「誰だよ?」オレは尋ねる。
「牧田だ。彼が服を持ってきてくれる」
「牧田?」
「そう、彼が教えてくれたんだ、君が三島江ゆかりの部屋のカーテンになっているってね。感謝するがいいさ。彼がいなければ君はずっとカーテンのままだったんだ」
「ちょっと待て。おまえは知っているのか?」
「何を?」
「おまえはすべて知っているのか? オレがゆかりのことを…」
「好きなんだろ? 知っているよ」
「オレがここでカーテンになっていたのも知ってて、おまえはゆかりを抱いたのか?」
「微妙なところだな。その可能性は感じていたが、でももちろん確信はなかった。当然カーテンになっていない可能性も感じていた。だから後は普通の話だ」
「なんだってんだ、普通の話って」
「ゆかりは俺を求めた。俺もゆかりを好きになった。だから抱きしめあった。それだけのことだ」
「それだけのことだと!!」オレは声を荒げる。
「ああ、それだけのことだ」西面はいけしゃあしゃあと応じやがる。「君はつまりただの失恋だ。俺もゆかりも悪くない。君が勝手に覗いてみて、勝手に傷ついたんだ。俺の知ったことじゃない」
 なんだってんだ? なんでそんな言われ方されなきゃいけないんだ? オレはこんなに苦しいんだぞ? 
「おまえにわかるか?」オレは声を絞り出す。「好きな女を別の男に目の前で抱かれてよ。俺はそこにいきなり全裸で現れた変態みたいに思われて、悲鳴を上げられて…そんな男の気持ちがおまえにわかるか?」
「わかるわけないだろう、そんなもん」
「なんだよ、その言い方は!? おまえは最低だよ! 最低な男だ」
「うるさいな。とにかく落ち着けよ、童貞野郎」
「おまえにだけは言われたくねえよ!!!」
「『おまえにだけ』ってなんで俺を目の敵にしてるんだ?」
「わかるだろう!? 自分が何やったかわからねえのか?」
「いい加減にしろ!」と西面が…怒った?
「なんでおまえが怒るんだよ?」
「おまえは俺の女の体をずっと見てたんだろう? 俺はそれが許せねえんだよ。でも俺は怒りを抑えて話そうとしてるってのに、なんだおまえは?」
 オレは思わず言葉を失い、西面は言葉を畳み掛ける。
「おまえには自分の気持ちしか捉えられないか? おまえは自分の裸を、好きでもなんでもない男にこっそり見られていた女の気持ちがわかるか? 考えたことあるか? なあ、おい? それにな、ゆかりが好きになる人が…つまりこの場合俺だけど、俺が潔癖な男だったらどうする気だったんだ? 他の男に体を見られた女なんか汚らわしいと思う男だったなら、ゆかりは好きな人に抱かれることができなくなってしまうとこだったんだぞ? ゆかりの喜びを奪う可能性もあった。それがわからねえのか!」
「なんだってんだよ! オレが悪いってのか? オレはだって…カーテンになりたいって詩を書いただけじゃねえか? それでまさか本当にカーテンになるだなんて思わねえじゃねえかよ?」
「おまえがしつこく願いを叶えろ叶えろってノックし続けたから、神様もやけになっておまえの願いを叶えちまったんじゃないのか!」
「わけのわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
軽蔑しきったような顔で、西面が続ける。
「おまえは本当に、麦下みたいな奴だ!」
「誰だよ麦下って?」
「おまえみたいな奴だよ」
「わからねえよ!」
「真実を伝えれば目の前の相手が救われるのに、自分の欲望を優先してそれを伝えなかった人間だよ」
「仕方ねえじゃねえか? だってオレは…カーテンだったんだぜ? なんか夢見てるみたいな状態で…話すことも動くこともできなかったんだぜ? どうしようもなかったんだよ!」
「それは本当にどうしようもなかったのか? 本当に何もできなかったのか? 伝えようとしたのか? 三週間はあっただろう? 結構な時間だ。本気になりゃどうにかできたんじゃないのか? 現におまえは今は元の姿になってここにいるじゃないか?」
「だって…そんなのわかんねえよ。今まで…カーテンになったこともなかったし…」
「だとしても」西面が視線を尖らせていう。「どうにかできるとしたらおまえだけだったんだよ」
「オレは…」
「最低だ」
 なんだよ…オレが悪いみたいじゃねえか。オレが悪いのか? オレが何したってんだ? どうしてこんなことになった? オレはちょっとカーテンになりたいって詩を書いただけじゃないか? こんなのってあるか? ちょっと言葉に出しただけで…それがきっかけで大きな力に動かされて、オレはちゃんと何も考えられずにいて、そして気がつくと…こんなふうに心を抉られてて。オレはこんなふうにしか生きられないのか? わからねえよ。わからねえけど…こんなのあんまりだ。
「おまえは永遠にムカつく」そう言い放ってオレは部屋を出る。もう嫌だ。もう耐え切れない。
「それは『一生恨む』っていう意味か?」って西面の問い掛けを背中で受け止める。
「キャーーーー!!」と廊下にいたゆかりに再び悲鳴を上げられる。オレは逃げるように階段を下る。

 

 外に出る。全裸だが仕方がない。門を出ると、そこにちょうど牧田が自転車で乗り付ける。俺は牧田をラリアットで吹っ飛ばす。ガシャーンという自転車の倒れる音が、夜の住宅街に響く。

 

 

つづく

 

 

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執筆者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

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