小説『やすちゃん②』にゃんく

やすちゃん

文/にゃんく
本文挿絵/ササハラ

 

 

 やすちゃんはスカートめくりもうまかった。
 スカートめくりというのは、女の子のスカートをめくる遊び(?)である。
 誤解のないように言っておくと(この種の話題は、誤解のないように語るのはほとんど不可能だと思われるが)、小学一、二年生の頃、悪ガキたちのなかで、スカートめくりに手を染めていないものはいなかった。中にはスカートのなかに頭を潜り込ませる剛の者もいた。今から考えれば、そのような行為のなかに、未来の犯罪者の予兆のようなものが垣間見える気がしないでもないが、何もスカートめくりをしていた者が成人してかならず性犯罪者とか凶悪犯罪者になるとも限るまい。ただ、ぼくはシャイなところがあったので(実際ぼくはいじめられっ子にちかかった)、この遊びには今ひとつ踏みこめないでいた。悪ガキが、かわいらしい女の子のスカートをめくり、「キャー」などと叫ばせているところを見ると、なんだか凄いことをしているなと思いはしたけれど、やってみる勇気まではなかった。そこへくると、やすちゃんは豪快さこそなかったけれど、素ばやい手つきでスカートをめくり、さりげなく女の子のパンツを覗いていた。決して女の子に叫ばせたりする暇なんて与えなかった。やすちゃんの技には、妙に感心させるようなところがあった。

 

 ぼくたちはほとんどぼくの家で遊ぶということをしなかった。たしかにぼくの家はぼろくさい長屋で、風呂もない、みすぼらしい家だった。毎日近くの銭湯まで風呂桶をもって通うのである。子ども心にも風呂もついていない家に住んでいることが情けなく、両親に一戸建ての家に引っ越したいと何度も懇願した。スラム街とまではいかないけれど、大阪でもそういうふうな昔ながらの長屋は生きた化石のような珍しい光景になりつつあった。おまけにぼくの母親はしごとをしていなかったから、主婦としてほとんどいつも自宅でぼくの行動に目を光らせていた。たこ焼きの件のように、家なんかで遊んでいても、母親がああだこうだと偏見にみちた正義感をふりかざし、ぼくたちの遊びに難癖をつけてくるのは目に見えていた。だからぼくたちはやすちゃんの家で遊んだり、他の場所で遊んだりした。やすちゃんの両親は共働きだったから、家のなかにはぼくたちの他には誰もおらず、ぼくたちは心おきなく、ぼくたちの遊びをとことんまで追求することができた。
 やすちゃんの家で、アダルトビデオの上映会を開いたこともあった。小学三年生ころだったと思う。その日は、大仏の息子のような、いつでもいがぐり頭を短く刈りこんだ髪型をしている、オーマというあだ名の、同級生の小俣もいた。やすちゃんは上映会をするあいだ、一年生の妹に、二階にあがって遊んでいるように言いわたした。
 ピアノが置いてある一階の洋室の、テレビの前の絨毯にさんにん並んで腰をおろした。やすちゃんがテープをデッキにセットした。 
「そのテープどうしたん?」
 とぼくが訊ねると、
「楠根川で拾った」
 とやすちゃんが答えた。
 楠根川というのは町を北西から南東にかけて縦断している、魚も棲みつかないきたない真っ黒い川のことだ、川沿いにはフォークリフトなんかのある工場がならび周辺の空気をいつも濁らせている。たしかに楠根川のそばにはエロ本だのエロビデオだのが捨てられていることが多々あった。川と言わず、当時は本屋でも、青少年の健全なこころの発達に悪影響をおよぼすと思われるような雑誌類にはカバーなどが一切かけられておらず、立ち読みしようと思えば年端のいかぬ少年だろうと老人だろうと人を選ばず、おまけに何時間でもそれに没頭することができた。そういう意味でぼくたちは、良かれ悪かれ有害図書にどっぷり身をひたす環境には恵まれていたわけである。
 間もなくテレビに映像がうつしだされた。それは暈かしのかかったものではなかった。ぼくたちは永久のように繰り返される有害な映像に、しばらく言葉もなく、釘付けにされたかのように見いっていた。赤く腫れあがった性器が、酔っぱらった太い蚯蚓のようだった。はしゃいでいるのは、ひとりオーマだけだった。オーマは男優の真似をして、歯を食いしばり、「ふーん、ふーん」と荒い鼻息を吐きながら腰をふる動作をして見せた。が、それもはじめのうちだけだった。おんなは「あーあー」などと高熱のために魘されているような声をあげ続けるばかりだし、おとこの方は汗を掻き掻き、単調な同じ動作を飽きもせずに繰りかえすだけだった。そのうちぼくたちは有害な映像を視聴するのにも退屈してしまった。
「なんか、気持ちわるいなあ」
 とぼくは言った。
「そうやなあ」
 とやすちゃんは言いながら、けれども自分だけが何やらとんでもない秘密を隠しもっているかのような誇らしげな顔つきをしながら、ぼくに頷いてみせた。
「あの白い液なんやろう?」
 とぼくが呟くと、
「あれはな」とやすちゃんはしたり顔で、言った。「ヤスコっていうんや」
「ヤスコ?」
「やすこ?」
 ぼくと小俣は英単語の発声練習のようにそのことばを念入りに繰りかえした。
「何それ?」
「やすちゃんの妹?」
 ぎゃはは、とオーマが笑った。
 やすちゃんは誰かに聞き咎められると事だと言うふうに、声をひそめて言った。
「ヤスコをな、おんなの人に呑ませると、赤ちゃんができるねん」
 ぼくとオーマは吃驚して、「え?」「そうなん?」と口々に言った。
「やすちゃん、それ誰から聞いたん?」
 オーマは生命の誕生の方法という、誰に訊いてもベールにつつまれたままだった、積年の疑問が今まさに解消されたような、やすちゃんに対する尊敬のまなざしできらきらと瞳をかがやかせていた。
「こんなことは、おとなに聞かれたら、怒られるだけや」とやすちゃんはますます厳粛な面もちでことばを紡いだ。「せやから、誰にも言うたらあかんで」
「うん、言わへん」
「言わへんよ、ぜったい」
 とぼくたちは言って、ふたたびテレビの画面に視線をもどした。そこには苦悶に歪むおんなの顔が映しだされていた。
「でも、不味そうやな、ヤスコ」
 とぼくが言うと、二、三秒してやすちゃんは口をひらいた。
「それがな」と間をもたせるようにしたあと、「ヤスコは、すごく、美味いんや」
 とやすちゃんは言った。
「うそお?!」
 とオーマが頓狂なこえをあげた。半信半疑ながら、
「じゃあ、やすちゃん、呑んだことあるん?」
 とぼくが聞くと、
「呑んだことはないけど、舐めったことはある」
 とやすちゃんは重々しい口調で言った。しばらく三人は黙った。
「ほんだら聞くけど」とぼくは勢いこんで質問した。「なに味なん?」
 やすちゃんはすこし考えてから言った。
「バニラ味や。それも、かなり新鮮なバニラ味や」
 ふーん、とぼくとオーマは感心して言った。
「牛乳みたいに白いもんな」
 とぼくは言った。そこには何の疑問も差しはさむ余地がないように思えた。
「バニラ味!」とオーマははしゃいで言った。「バニラ味!」
「そんなに美味いんなら、いっぺん呑んでみたいな」
 とさえ、ぼくは言った。
「でも、おとこが呑んだらおかしなことになる」
 とのやすちゃんのことばに、一座は幽霊でも立ちあらわれたかのように、たちまちシインとなった。ちょうど有害映像も一区ぎりついており、テレビもほとんど音を発していなかった。
「なんで?」
 と恐る恐るたずねるぼくに、
「あれはな、おんなが呑むとあかちゃんができるけど、おとこが呑むと、毒やから癌になるんや」
 とやすちゃんは真(まこと)しやかに語った。
 ぼくはさすがに一抹の疑義を感じてやすちゃんに訊ねた。「でもやすちゃん、舐めったんやろ?」
「舐めるくらいなら、大丈夫や」
 とやすちゃんは確信的に断言した。そんなもんかとぼくは思った。そしてぼくたちはますます尊敬するかのような眼差しで彼を見つめていた。
「でも、やすちゃん、なんでそんなこと知ってるん?」
 とぼくが問うと、
「ほんだら、こんどオレのヤスコ、瓶につめて持ってきたげるよ」
 と言った。ぼくとオーマはヤスコ見たさに、身を乗りださんばかりにした。
「やすちゃん、ヤスコ出せるの?」
 とぼくが訊ねると、やすちゃんはすこし自慢そうに、
「いっぱい出るで」
 と言った。「せやから、こんど、瓶に詰めてきたげる」
 ぼくたちは異様に昂奮して、
「絶対やで」
「絶対ヤスコ、持って来てな」
 などと固く約束をかわしあった。
 その後やすちゃんがヤスコを瓶に詰めて持ってくることはなかった。そんなものを持ってこられても困っただけだろうが、たぶんその年ごろではやすちゃんの軀でまだ精子の製造はおこなわれていなかったに違いない。やすちゃんはおそらくまた、嘘をついていたのだ。

 

 小学四年生の夏ころ、ちょっとした事件があった。
 放課後、ぼくは隣のクラスの山岸という、膚の浅黒い、どっしりした生徒と口論になっていた。何故喧嘩になったのか、今ではその理由を思いだせない。たぶん、下駄箱で肩がぶつかったとか、そういうくだらないことだ。
 きっかけはちいさなことでも、その時ぼくと山岸は一触即発の状態だった。どちらも一歩も譲らず、顔を突きだし、火花を散らすかのように睨みあっていた。山岸は体格がよく、腕っぷしも強そうだった。それに比べてぼくは何とも痩せっぽちで、虚弱に見えたろうけれど、気概だけは負けていなかった。勝敗はどうあれ、そのまま放っておけば確実に喧嘩になっていたと思う。
 そこへやすちゃんが現れたのである。
 やすちゃんは山岸を後ろから羽交い締めにしながら、
「はやく逃げろ」
 と言った。
 ぼくは思いもよらぬ助っ人の登場に、まごついていた。やすちゃんの登場も想定外だったが、やすちゃんの取った行動も、予想外なもののように思えた。
「はやく逃げて」
 とやすちゃんに促され、ようやくぼくはやすちゃんの意を汲んで、その場を小走りであとにした。
 校門が遠く見えなくなった。十分ほど経ち、家のまえまで来てからようやくぼくは人ごこちを取りもどしていた。そしてぼくを護ったあと、やすちゃんと山岸はどうなったろうという考えがあたまを掠めた。何となく、やすちゃんならうまく切りぬけられただろうという楽観的な考えが頭をよぎると同時に、ぼくを護ったせいで代わりに山岸に言いがかりをつけられているのではないかと心配にもなりはじめた。が、今から学校にもどり、また山岸と鉢合わせになることを怖れて、ぼくはそれ以上深く掘りさげて考えないようにした。
 よくじつ登校してぼくはやすちゃんの肩をたたいた。
「昨日、助かったわ」とぼくは言った。「ありがとう。やすちゃん、何か言われへんかった?」
「大丈夫、なんともなかったよ」
 とやすちゃんは言った。
「ほんまに、助かったわ」
 とぼくはやすちゃんに礼を言った。
「てーちゃん、危なかったな」
 とやすちゃんは笑った。

 

 ぼくの通っていた小学校では、二学年ごとにクラス替えが行われていた。
 ぼくとやすちゃんは五年生になっても同じクラスになった。これで六年間、ずっと同じクラスになることが決定したのだった。四月、校門をはいってすぐのガラスに、クラスメートの名前が張りだされた画用紙を眺めながら、ぼくとやすちゃんはそのことを喜びあった。
 この頃、ぼくたちはやすちゃんの家の近くに住んでいる女の子の家にからかいに行ったことが何度かあった。家の玄関から出て来た女の子に、ぼくたちは「ヒラメ」「ヒラメ」と呼んで揶揄した。その子の顔が、平べったい感じがあったので、そう呼んでいたのだ。けれども、髪を三つ編みにしたその女の子はかわいらしい子だった。実際ぼくはその子のことが好きだったので、わざわざ家まで行ってからかう行為をおこなっていたのである。女の子は「ヒラメ」と呼ばれて、すこし顔を赤くして、ぼくたちに何か言いかえしていた。好きな女の子に好きと言えなくて、代わりに「ヒラメ」と呼ばわったりするぼくたちは、それ以上その子との距離を縮める方法を知らなかった。

 

 

 

 

 妻が居間の床のうえで座布団をならべ、そのうえで仰向けになり、おなかに上半身よりもやや小さめの、寝そべった形態の黄色い犬のぬいぐるみを乗せて眠っている。妻が呼吸するたびに、ぬいぐるみが上下に波うっている。
 ぼくがあきれて妻を眺めていると、彼女が気配に気づき顔をあげた。
「何やってんの、それ?」
 とぼくが問うと、
「このほうが、おなかあったかいから」
 と妻が応えた。おなかをあっためるのなら何か別の方法がありそうなもので、何もぬいぐるみを乗っけなくてもとぼくは思ったけれど、
「ふうん」
 と言ってあえて妻を刺激しなかった。無用なトラブルを避けるためである。

 

 

つづく

 

 

 

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執筆者紹介

 

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも好きです。まだ30代。でも、四捨五入したら……。
去年、タイにひとりで旅行に行ってきたことが自慢です。

 

 

 

 

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