『インストール』(綿矢りさ/著)~綿矢りさは、処女作が最もエロティックだったという意外な事実

 

 

綿矢りさ(1984年生~)

 

 

文/にゃんく

綿矢りさイラスト/yuki2010komoto

 

 

『インストール』は、2001年発表の、綿矢りさ17歳のときの作品です。
綿矢りさは本作にて、文藝賞を受賞し、デビューしています。

 

STORY

 

17歳の朝子は、高校三年生。大学受験をひかえ、予備校にも掛け持ちで通う忙しい日々をおくっています。

同級生の光一からも、
「疲れてるみたいだから、休みたいだけ学校休んだら? 担任の先生には、俺からお母さんの耳に入れさせないようにしてあげる」
と言われます。

光一の彼女は、朝子の担任の先生なのでした。

朝子は、光一の甘い言葉にも流されるようにして、学校を早退し、登校拒否の生活に入ります。

母親にはバレないよう、学校に行くフリをし、母親が仕事に出掛けるのを見計らって、家に戻ってくるという手を使います。

そして、家の物は全部捨てなければという衝動に駆られ、長い時間かけて、朝子は、自分の部屋にある全ての家具と、小物を捨てるために、ゴミ捨て場へ運び出します。
朝子が運び出した物の中には、家庭用の一昔前の、大きなパソコンがふくまれていました。

それは、朝子の祖父が、朝子に買ってくれたものでしたが、無闇にいじくりまわしたおかげで、今はエラー表示ばかり点滅する廃品同然の代物なのでした。

すべての家具を運びだし、ゴミ捨て場でひと休みしていると、小学生の男の子と出会います。

朝子は、小学生に、
「酢飯をさますのに、扇風機なんていいよ、いらない?」
などと話しかけますが、小学生は、朝子の捨てようとしているパソコンが欲しいと言って、それを持って帰ります。

後日、マンションの近所の女性が、派手すぎて自分にははけない、いわゆる「勝負下着」を、朝子に大量にプレゼントしてきます。その返礼をわたしてくるように母親から言われた朝子は、勝負下着をくれた女性の自宅で、先日パソコンをあげた小学生と再会します。

小学生はかずよしという名の六年生で、かずよしは、朝子があげた壊れたパソコンを、見事に、ネットなどが使えるように復活、つまり「インストール」することに成功していました。

かずよしは朝子に、登校拒否して暇なのだったら、自分と組んで仕事をしないかと持ちかけます。

朝子はかずよしに、パソコンをインストールしたように、「脱落者」である自分を、『インストール』してくれようとしているのか? などと言って笑いますが、結局、かずよしと組んで仕事をすることを決めます。

その仕事とは、ある忙しい風俗嬢の代わりに、風俗嬢になりかわって、エッチな会話をチャットルームでおこなって、収入を得るというものでした。

はじめは、パソコンのキーの打ち方もわからない朝子ですが、次第に風俗チャットの仕事にはまってゆきます。

 

が、そんな日々にも、やがて変化がおとずれます。

登校拒否の期間が四週に突入したとき、ついに、光一のおかげでおとなしくしていた担任の先生が、学校を長期間休んでいる朝子の母親に連絡をとるために動き出し、……。

 

 

 

綿矢りさは何作か読んでいますが、今回処女作を読みかえして思ったことは、
「綿矢りさは、処女作でおっさん心をくすぐる作品を書いて、おっさんたちのハートをわしづかみにした」
ということです。

 

たとえば、このような文章がでてきます。

 

<チャットのコツ、分かってきた。あんたが初めに教えてくれたように、やっぱ会話のリズムとか画面に文字を乗せるタイミングとかがいちばん大事だね。特にチャットセックスする時にはね。長い文を作ろうとせず、きゃっとか、ああんとかそういう短い返事をどれだけテンポ良く画面に乗せるか、そこがミソだな。あと『そんな大きいの入らない』とか『ここ噛んでーっ』なんていうあまりにも本物のセックスに近づきすぎている台詞はウケないということも学んだよ>

 

<突然やけど聞かせてもらう みやびが一番感じるトコってどこ?!(中略)クリトリス
ぬれた。一つHな言葉を書かれるたびに、一つHな言葉を書くたびに、下半身が熱くたぎって崩れ落ちそうになり、パンツが湿った。>

 

颯爽と現れた、17歳の綿矢りさ。

現在の綿矢りさ(2017年ころ)は、作中の主人公と作家本人との距離をとって書いていますが、デビュー作の本作では、比較的、主人公と作家本人との距離が近いように見受けられます。

主人公も17歳ですし、作家自身も、デビュー時は17歳でした。
そんな作家が、主人公に、「セックスも経験したことのない17歳」などと独白させています。

これは、読む人も、「たぶん、作者自身もそうなのではないかな?」と予想しますし、そのような興味でこの作品を読むことになります。

 

作家自身と、主人公が、まったくかけ離れた存在というものでは、リアリティがでませんし、作家が、フィクションの体裁をとって、主人公に現在の作者自身の心境を語らせるというのは、よくある手法で、もちろん悪いことではありません。

そういう意味では、『インストール』は、綿矢りさ本来の、関西人のノリみたいなものが存分に発揮されているような気がして、すごくおもしろく読み返すことができました。

 

 

「登校拒否を1ヶ月続けているあいだ、エロチャットでかせぎ、その間、学校の先生から親にも連絡がいかない」という状況は、いくら級友の働きがあっても、よく考えると現実には起こりそうもなさそうな設定ですが、そういう設定も、不自然だと感じさせない書き方をしていますし、終わり方も秀逸です。(朝子は、風俗チャットで稼いだ30万円で、部屋のなかの捨てた家具などをふたたび買いそろえようとしています。

部屋が「がらんどうの空っぽ」であるということは、脱落者である朝子の象徴となっていますが、ラストで学校に行くことを決意するとともに、その「がらんどう」も回復しようとしています。

こういう作品は、作家を志す者であれば、一作くらいは書きたいと思うものでありますが、余人には書けないものだと思います。

 

処女作は、その作家を凝縮したものになる、と言われますが、『インストール』の冒頭には、このような記述があります。引用します。

 

<「私、毎日みんなと同じ、こんな生活続けていいのかなあ。(中略)きっと有名になるんだ。テレビに出たいわけじゃないけど。」>



『インストール』は、将来の綿矢りさを予言する内容ともなっています。

 

現在は、エロティック路線からは遠ざかっているのかもしれませんが、伸び伸びと書かれているおもしろい作品『インストール』、読み返してみてはいかがでしょう?

 


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