『劇場』小説レビュー~又吉直樹の第2作「初挑戦の恋愛小説」

 

 

又吉直樹(作/hiroendaughnut)

 

 

 

 

writer/にゃんく

又吉氏のイラスト/hiroendaughnut

 

 

 

今回は、2017年3月発表の又吉直樹作の恋愛小説『劇場』のレビューです。

2015年1月発表の『火花』が芥川賞を受賞し、作品は歴史的なベストセラーになりました。

又吉さんがオススメする小説の部数が伸びるという現象があるため、出版業界の「救世主」と言われている又吉さん。

そんな又吉さんの第2作。

第2作といえば、読者の読みも自然と厳しくなります。

第1作が良かっただけに、それと比べられることもあるでしょう。

では、 注目の、小説『劇場』のストーリー紹介から。

 

 

STORY

 

8月の原宿です。

主人公は、永田という若者です。

永田は、無名の劇団で脚本を書いています。

劇団の名前は、「おろか」。

野原という、中学生の頃からの同級生と一緒に旗揚げをしたのが、劇団「おろか」です。

劇団員は、一時5人にまで増えましたが、永田の書く脚本が不評なこともあって、再び、永田と野原の2人だけに減ってしまう、という一進一退の状態が続いています。

永田の収入は、アルバイトです。収入が少ないため生活は苦しく、公演の費用を捻出するにも事欠く日々です。

 

 

そんな8月のある日のこと。

永田は原宿の古着屋に入り、絶対に今後着ることはないだろうと思えるような、変わったデザインのタンクトップを買います。

金はほとんど持っていませんでしたが、永田は、店員が自分のことを見て笑っているような気がし、何も買わずに帰ると店員の不興を買いそうに思えたので、そのタンクトップを買います。

そして、店を離れてしばらく行ったところに画廊があり、暗い窓ガラスを覗きこむようにしてその画廊を見ていると、永田と同じようにガラスを覗きこんでいる若い赤毛の女性を発見します。

永田は、この女性なら、自分のことを理解してくれるのではないかと思い、女性に接近して行きます。が、赤毛の女は、永田から走って逃げて行こうとします。

永田はその女性を追いかけていき、
「靴、同じやな。」
などと、変なことを話しかけます。

気味悪がられる永田ですが、さらに、
「あした、遊べる?」
と永田は初対面の、その女性に話しかけます。

女性は驚いて、顔を隠すようにして離れて行きますが、永田は女性について行きます。
そして、
「あの、暑いので、この辺りの、涼しい場所で、冷たいものでも、一緒に飲んだ方が良いと思いまして、」
などと話しかけます。

しかし、さきほど永田はタンクトップを購入したことから金がなくなっていたので、「おごれないので、あれなんですけど、あきらめます。また、どこかで会いましたら」
などと、たどたどしく話します。

女性の名前は、「沙希」ということが、後になってわかります。

結局、永田は沙希と一緒に近くのカフェに入り、ドリンクをおごってもらうことになります。

印象的な出会いのシーンです。このようにして、永田と沙希の関係ははじまります。

 

この日、永田と沙希はカフェで夕方まで一緒にいます。お互い、メールなどの連絡先は交換して別れます。

それから9月ころまで、時候のあいさつなど、当たり障りのないメールのやり取りはありますが、永田と沙希は会うことはありません。

 

永田は、依頼されていた脚本が完成したような気持ちになり、沙希に一緒に家具を見に行かないかとデートのお誘いのメールをします。

沙希からはOKの返事がきて、渋谷の西武あたりで待ち合わせて会います。

 

その後、永田は、井の頭公園で、野原と会い、書き上げた脚本を読ませます。

東京で暮らす男と女の物語です。

この脚本のヒロインを、沙希に演じてもらおうという考えをもっていることを、永田は野原に伝えます。(沙希は中学のときから演劇部に所属していました。)

(この脚本は、重要な伏線になっていて、ラストで、この脚本がもう一度、登場します。)

永田は、沙希に完成した脚本を読ませます。

沙希は永田の書いた脚本を読んで泣きます。

 

下北沢での沙希を主演にした公演は、沙希の好演もあり、成功します。

公演期間の後半は、少し客足も伸びます。

その後、「おろか」の注目度は若干あがり、店員80名ほどの下北沢オフオフシアターで、「おろか」は定期的に公演を開催できるようになります。

しかし、劇団の稽古日が増えると、日雇いのアルバイトに行けなくなり、永田は自宅の家賃5万円を払うのも苦しくなります。

そのため、永田はアパートを引き払い、沙希の家に転がり込みます。

月々の家賃も光熱費も食費もすべて沙希が払いますが、このようにして、永田は沙希との「同棲」生活をはじめます。・・・・・・

 

 

REVIEW

(以後、ネタバレあり)

永田青年と沙希との悲恋を描いた恋愛小説です。

結論を言うと、前作「火花」は傑作だったと思っていますが、今回の作品も、それと同水準の傑作ではないでしょうか。

又吉の底力を見たような気がしました。

ところどころ、「これどういう意味なんだろう?」と思えるような文章が出てきて、違和感を持つこともあったのですが、後半に秀逸なシーンが少なくとも2回は用意されていて、それは微細な違和感を吸収するくらい優れたシーンであると思います。

全体の完成度というか、作品の持つ勢い、パワーが強い作品だと思います。

 

後半の2つの良いシーンというのは、これです。

まず、1つめ。

永田が、沙希を連れ戻すシーン。

読めばわかるので、詳しいことは語りませんが、永田が沙希を自転車の荷台に乗せ、ひとりで延々と喋り続けるシーンは、目頭が熱くなりました。

そして、2つめ。

もちろん、ラストの、永田の書いた脚本を見ながら、永田と沙希が2人で交互にセリフを読むシーンです。

この脚本は、ストーリー紹介でも触れましたが、沙希が永田の書いた脚本の登場人物を、はじめて演じたものでもあり、2人にとっては、思い出の作品でもあります。

 

又吉の書く文章には、ハートで文章を書いているからでしょう、不思議と胸を打つものがあります。

 

○「夕焼けが大きすぎてね、怖くてさ、そろばんに行くのやめて家に帰ったことあるの」などもそうです。

 

あと、エピソードもお笑いセンスが光っていて、おもしろいものがいくつもあります。

 

上京していた知人が、バンドを解散したため帰郷すると言い出し、それを聞いた永田が勝手に解釈し、知人のアパートから、ありとあらゆる家具を自分の部屋に運び出します。

後日、帰郷をとりやめアパートに帰ってきたその知人から、
「泥棒に入られた」
という連絡がきて、警察に連絡しようとするのを何とかなだめ、永田の家にその知人を連れてきます。(永田の部屋は、その知人の家具で囲まれている。)
永田の部屋を見た知人は、
「なんかこの部屋落ち着く」
というエピソードですね。

 

出だしの、永田と沙希の出会いのシーン。
これは、又吉作の小説書評集『第二図書係補佐』
に出てくる逸話と似ています。

『第二図書係補佐』に出てくる逸話でも、又吉が知らない女の人をつけていって、
「あした遊べる?」
と訊ねるところがあったと記憶しています。
かなり前に読んだので、細部は忘れてしまっていますが、たしか、女性は、
「怖いです」
などと答えたと記憶しています。(そりゃ、知らない男性についてこられて、いきなり、「明日遊べる?」と聞かれても、そういう反応になるとは思いますが……。)
『第二図書係補佐』は、作者の実話を書いたもののようですから、永田と沙希の出会いのシーンも、実体験をふくらませたものなのでしょう。

 

永田と沙希の悲恋を描いた「劇場」は、プラトニック・ラブを描いているように見えます。
それは、作中で、身体の関係があるかどうかは書かれていない、ということです。
読む人によって、読み方は違ってくると思うのですが、ぼくは、ふたりのあいだに体の関係はなかったのではないかと思っています。
2人で長い間同棲しているのだから、当然体の関係はあってしかるべきだという意見もあるかもしれません。
まあ、それはどっちでもいいでしょう。
読む人の判断にゆだねる、ということかもしれません。

 

 

本作の評価は、4.5とさせていただきます。

 

*レーティング評価(本ブログ内での定義)

☆☆☆☆☆(星5) 93点~100点
☆☆☆☆★(星4,5) 92点
☆☆☆☆(星4) 83点~91点
☆☆☆(星3) 69点~82点

 

 

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