ショート小説「夢のクルマ」

ガレージのシャッターが開き、そこからシルバーの車が走り出した。

運転しているのは佐伯裕司。彼は車の設計者で、小さな自動車メーカーの社長でもある。今運転している車も彼が作ったものだった。
まっすぐ伸びた道を、車はグングン加速しながら快調に走り続けていた。
その時、突然タイヤが音を立て曲り、車の進路が脇にそれた。同時に、時速一〇〇キロ以上は出ているだろう猛スピードで車がすれ違っていった。
「よしよし、ちゃんと動いているな」
車には佐伯が開発した事故回避システムが搭載されていた。今も車線をはみ出して突っ込んできた対向車を感知し、自動で回避したのだ。しかし、佐伯の表情は曇ったままだった。
「父さん・・・もし父さんがいた頃にこの装置があったら良かったのにね・・・」
*   *   *
“母さんが死んで以来、ずっと二人きりで暮らしてきた父さん。車好きだった僕に図鑑や雑誌を買ってくれた優しい父さん・・・”
佐伯がエンジニアになる夢を叶える為に大学に入る直前、父親は出張先で居眠り運転のトラックに正面衝突されて亡くなった。列車とタクシーを乗り継いで、急いで病院に向かったけれど、不運にも途中で渋滞にはまってしまって最後の瞬間には立ち会えなかった。
「裕司に・・・息子に伝えてください・・・こんな事で車を嫌いになるな。みんなを幸せにする夢の車、お前なら作れる、と・・・」
最後の言葉を付き添っていた看護師から聞いて、佐伯は涙が止まらなかった。そして、いつか父親の夢見た車を作ろうと心に誓った。
“夢を持ち続けられたのは、父さんの最後の励ましのお蔭だよ・・・”
*  *   *
車は高速道路にのり、時速は一二〇キロを超えていた。
佐伯の心は半月前の病院で決まっていた。
「佐伯さん、残念ですが癌は体中に転移してもうこれ以上治療の効果は期待できません・・・これからは残された時間をどう過ごすか・・・」
医者の言葉は途切れ途切れにしか頭に入っていなかった。その時から死への恐怖は無くなり、思い出すのは孝介の事ばかりになった。
*  *   *
幼馴染で親友だった真島孝介。
孝介の両親は留守がちで、佐伯の家にいつもやってきていた。二人とも車が大好きで、よく佐伯の父親と三人でドライブや車の展示会に出かけたり、車が出てくる映画のDVDを見たりしていた。就職も同じ自動車会社で佐伯が開発部で孝介が営業部だった。
会社がコストがかかりすぎるとの理由で車に事故回避システムの開発中止を決めた時「会社がダメなら俺達で作ろう!」と一緒に会社を立ち上げてくれた。資金調達や会社の運営などの面倒も引き受けてくれた。
“いつも笑っていた孝介。あの太陽みたいに明るい笑顔が、今は堪らなく懐かしいよ・・・”
*  *   *
佐伯はアクセルを踏み続けていた。助手席の携帯電話がずっと震え続けているが、佐伯は手に取ろうともしない。相手は融資元の銀行とわかっているからだった。会社の資金繰りはもう限界で、今月中に入金しなければ倒産する。
「孝介、二人に夢に向かって一生懸命突っ走ってきたけれど、さすがに今度はもうダメかもしれないな・・・」
*  *   *
五年前、社運をかけて作り上げた事故回避システムが長い裁判の末に元いた自動車会社に奪い取られてしまった。このシステムの開発に全ての資金をつぎ込んでいた会社の経営はすぐに窮地に落ちいった。
更に不幸が重なった。孝介の自宅が火事になったのだ。孝介自身は会社にいて無事だったが、家にいた妻と五歳の娘が犠牲になった。孝介の自宅はマンションの十階にあった為にはしご車のはしごも届かず、火の回りが早すぎてレスキュー隊の救助も間に合わなかった。孝介はずっと、ただ燃えている自分の家を下で眺めていただけで、二人を助けてやれなかったことを悔やんでいた。
それでも佐伯は孝介ならいつかは立ち直ってくれる、また二人で夢を追いかけてゆけると信じていた。しかし、間違いだった。
「子供の頃に俺達が夢見た車、いつか絶対に作ってくれよ。ユウちゃんなら出来る」
最後の電話が遺書代わりだった。アクセル全開で目一杯車を飛ばしたが、真島が首を吊って自殺するのを止められなかった。
最後の最後まで真島は佐伯の救世主だった。真島は死ぬ前に火事の賠償金や保険金全額を会社に譲渡してくれていたのだ。お蔭で会社は一時的に持ち直し、佐伯は再び夢の車の開発に着手できた。
*  *   *
スピード計の針が二〇〇キロを超えた。
「危険!危険!この先、急カーブあり!」
警告は鳴り止まず、危険を示す赤ランプも点灯していた。しかし佐伯がそれらに動じる様子はまるでなかった。
“父さん、孝介、どんなに速い車でも追いつけない事ばかりだよ・・・”
数十メートル先のカーブの向こうには海が広がっていた。
「危険!カーブ回避不能!」―その時、ハンドル脇のランプが緑に変わった。
「条件オールクリア!飛行モードON!」
佐伯の声に反応して車体が道路から浮き上がり、タイヤが折りたたまれて収納され、そのまま車はガードレールを飛び越えて、海の上を水平線とめがけて飛び出していった。
*  *   *
佐伯の胸に、ずっと昔に父や真島と映画を見ていた時の興奮が蘇った。三人ともタイムマシーンに改造された車が宙に浮かんで飛び去るラストシーンが大好きだった。
「ユウちゃん、いつかあれを二人で作ろう!」
「うん!僕達なら絶対出来るよね!」
その夢が今、現実のものとなったのだ
*  *   *
この車があれば、大切な人のところへいち早く駆けつける事が出来る。どんなに高い所へでも助けに行ける。そして佐伯と真島が苦労して作り上げた事故回避システムは地形や周囲の車や人などの位置関係を瞬時に読み取って安全な回避行動をとることが出来る。全ては空飛ぶ車を作ることを想定したシステムだった。そして車が完成した瞬間、金の力で二人から特許を奪った大企業の名声もろとも只の補助システムとして過去の歴史の一ページになってしまった。
“父さん、孝介、今なら分かるよ。悲しみも、悔しさも、夢を実現させるためには必要だったんだね。どんなに早いスピードを出せても、空を飛べても、悲しい過去には追いつけない。だけど僕達が思い描いた未来には、何とか間にあったかな・・・”
*  *   *
後に“世界を変えた発明”と言われる「空を走る車」その第一号は、水平線の向こうに沈んでゆく夕日に向かって、いつまでも、いつまでも飛び続けていた。

 

 

ショート小説「夢のクルマ」」への1件のフィードバック

  1. すばらしい作品ですね!
    悲しい部分もあるけれど、ハッピーエンドになって本当によかったです。
    自分も小説を書くことから遠ざかっていましたが、また少し書いてみたいなと思いました。
    投稿ありがとうございます。

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