『地球上のすべてのものに』~世界にほこる・にゃんマガの鬼才、山城窓の新作短編作品

地球上のすべてのものに

 

 

山城窓

 

 

「続いてのニュースです。コンビニのお弁当についてくる割り箸が、街中のいたるところにくっつけられるという事件が各地で多発しているようです。電車の手すり、公園の遊具、エレベーターの階数ボタン、渋谷のハチ公象、東京ドームの屋根、挙句の果てには、サラリーマンのネクタイ、小学生のランドセル、女子高生のセーラー服にまで割り箸がくっつけられており、警察は悪質ないたずらと見て捜査を進めています。」
 そんなテレビのニュースを見て、タケルは呆れてつぶやく。
「愉快犯にしては、それほど愉快でもないし、よくわからん事件だなあ。なあ?」
「う、うん……」泊まりに来ていた友人のケンシの顔は明らかに青ざめていた。
「どうしたんだ? まさかおまえが?」とタケルは思わず追及する。
「違うよ! もちろんオレがやったんじゃない。オレがやったんじゃないけど……」
「なんだよ?」歯切れの悪いケンシにタケルは尋ねる。
「オレのせいかもしれないんだ……」
 そういうケンシは肩を震わせている。
「どういうことだ?」
「この間コンビニのレジでさ、お弁当を買ったときに、こういうやりとりがあったんだ」

 

店員「お箸付けますか?」
ケンシ「この地球上のすべてのものに?」
店員「えっ、あの……はい」
ケンシ「じゃ、付けてください」
店員「あっ、えっと、はい」

 

「そしたらさ、その店員もちろんオレの弁当にお箸を付けてくれたんだけどさ、それからレジ横の肉まんとか、窓際の雑誌類とか、店の前に止めてある車や自転車にまでお箸を付けだしてさ……」
 ケンシは目に涙を浮かべながら続ける。「それからなんだ。ああいうニュースが流れるようになったの……だからきっと……オレのせいなんだ……」
 タケルは涙ぐむケンシをはげますように告げる。「考え過ぎだよ……」
しかしタケルは自分の言葉を悔やむ。いや、考え過ぎでもないな、と。なんせ他の動機はちょっと考えずらい。
「きっとさ、今こうしてる間にもあのときの店員はお箸を付け続けているんだよ。この地球上のすべてのものに……」
「まさか……」
ピンポン!と不意に部屋のインターフォンがなる。ギクッとしたケンシは全身をびくつかせる。
「こんな時間になんだろ?」時計を見るともう零時を回っている。タケルはおもむろに立ち上がり、ドアへ向かう。ドアの覗き穴をのぞきこむと、割と若い黒髪の女性がたたずんでいる。女性なら、別に危険はないかなっと思ったタケルは鍵をカチャっと開けて、ドアノブに手を掛けるが、そのときケンシが叫ぶ。
「開けるな!」
 その鬼気迫る声に気圧されて、タケルは急いで鍵を閉める。ケンシが近づいてくる。そしてドアのそばまできてタケルと同じようにドアの覗き穴を覗き込む。
「やっぱり、あの店員だ」
「どういうことだよ?」
「俺たちにも割り箸を付けにきたんだよ。だって地球上のすべてのものに割り箸を付けるつもりなんだぜ?」
 タケルが戸惑っていると、ドアを叩く音がドンドンドンッと室内に響く。ケンシは頭を抱えながらガタガタと肩を震わせている。そして蒼白になってつぶやく。「俺たちは……もう終わりだ」
「割り箸付けられるだけだろ?」
「それで済むと思ってるのか?」
「お箸付けられて死ぬわけもないだろうし」
「死にはしなくても、お箸付けられたら……きっとどうかなるさ」
「どうなるってんだよ」面倒くさくなったタケルはそう言ってドアへ向かう。そして鍵を開けて、ドアを開く。コンビニの制服を着た女性が何も言わずに部屋に入ってくる。ケンシは部屋の片隅で息を殺している。タケルはすでに割り箸を付けられている。女性は表情を変えずに、部屋の奥のケンシに歩み寄り、彼の胸の辺りにも割り箸を付ける。それから部屋のテレビにも電子レンジにも、壁時計にもカーテンにも布団にも、次々と割り箸を付けていく。そしてあらかたつけ終わったのか、あるいは手持ちの割り箸がなくなったのか、やがて部屋を出て行った。
 タケルは急いで部屋の鍵をガチャッと閉めて疑問を口にする。「いったいどんな気持ちであの女、お箸付けてんだろうな?」
「どんな気持ちなんだろう……」とケンシもそこに想いを馳せる。
「それで」タケルが冷静にケンシに尋ねる。「割り箸を付けられたけど、それでどうなった?」
「曲ができた」
「曲? どんな?」

 

あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてにお箸付けた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いお箸の匂い
お箸付けきるまでは帰れない
切り分けたお箸の片方のように
今でもあなたはわたしの光

 

タケルがいう。「少し変えたら使えそうだな」
ケンシがつぶやく。「考えてみるよ」

<了>

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

 

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

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