『満月の夜、モビイ・ディックが』小説レビュー(片山恭一著)


満月の夜、モビイ・ディックが

writer/にゃんく

 

 

 

今回は、片山恭一氏の小説『満月の夜、モビイ・ディックが』のレビューをおとどけします。(若干ねたばれアリ)

『満月の夜、モビイ・ディックが』の発表年は、2002年。
『世界の中心で、愛をさけぶ』が2001年なので、その次の作品ということになるようです。

 

STORY

 

 

20歳の男子大学生・鯉沼が主人公です。
鯉沼の父は警察官ですが、両親の仲は悪く、家庭は崩壊しています。
父は家を出て愛人をつくり、母は鬱病。妹はろくでもない男たちとの放蕩に明け暮れています。

鯉沼は、大学生協の主催するガーデン・パーティーで、美少女・風嶋香澄と出くわします。鯉沼は、風嶋香澄との仲を発展させたいと思いますが、彼女はかなり酔っていて、結局家まで送っていくことになります。

鯉沼は風嶋香澄を布団に寝かし、彼女と一緒に寝たいと思いますが、風嶋香澄は酔いのために気分がすぐれず、それどころではありません。彼女への思慕をつのらせる鯉沼の葛藤は、読んでいて笑ってしまいます。(が、本人はたぶん一生懸命)。

結局、鯉沼は、風嶋香澄に手を出しませんが、鯉沼は、同じ布団のなかで、朝まで彼女と並んで横になって寝るという行動に出ます。

次の日、自宅に帰った鯉沼は、その後、風嶋香澄のアパートに行って様子をうかがいますが、彼女は鯉沼には一言もなしに、実家の京都に帰ってしまって留守になっています。

鯉沼はプライドを傷つけられます。

鯉沼には、タケルという絵描きの友人がいます。

夏休みに、鯉沼は、タケルのフォルクス・ワーゲンに乗って、彼と小旅行に出かけたりします。

タケルは、ひとりで家を借りて、バス釣りをしたり、絵を描いたりしている青年で、晴耕雨読のような生活をしている、ちょっと謎めいた男でもあります。が、おもしろい冗談ばかり言っているので、怪しくは感じません。

鯉沼は女の子のことなど、タケルに相談しますが、タケルはタケルで、独自の哲学をもっていて、話はかみ合っているのか、かみ合っていないのか、ちょっと漫才を聞いているようでもある、ちぐはぐな会話がおもしろいです。

鯉沼には、風嶋香澄という本命のほかに、鯉沼にアプローチをしてくる女・下村朱美という存在がいます。

風嶋香澄が実家に帰っているあいだの8月、鯉沼は、高校のクラス会で、地元の女子大に通う下村朱美から、自分が参加している書道の作品展にこないかと、チケットをもらいます。

何の気なしに作品展に行くと、下村朱美は喜び、自然とそれから遊園地へデートに出かける運びとなります。

鯉沼は、観覧車に乗って、下村とのキスをもくろみますが、下村のどうでもいいような、書道の話に邪魔されて、キスを実行できません。

その後、ふたりきりになれる、ボート漕ぎへと場所を移しますが、ここでもボートを漕ぐのに疲れて疲労困憊、鯉沼はキスするどころではありません。

鯉沼はここでも、キスひとつできない自分自身を、叱咤激励しています。

しかし、下村朱美が、兄とふたりで暮らしているアパートに鯉沼を誘ってから、事態は急転直下、下村朱美の部屋へ入った途端、彼女が鯉沼に抱きついてきて、いきなり(初めて?)のセックスがはじまります。

そのまま鯉沼はフィニッシュまで行為をおこなうかと思いきや、下村朱美の兄が突然帰ってきて、鯉沼は下村朱美から追い出されることになります。つまり、自分の靴を持って、下村の部屋の窓から逃げるように帰らされるハメに。

そして、8月末になると、風嶋香澄が鯉沼の自宅へ突然やって来ます。鯉沼と風嶋香澄の関係は急接近し、その後、風嶋香澄が実家の京都へ帰ると、鯉沼はそのあとを追うように、京都へと旅立ちます。そして、シングルのホテルを借りて、風嶋香澄と京都でデートします。

鯉沼はついに風嶋香澄と体の関係を持ちます。

そして、鯉沼は、風嶋香澄との濃密な2日間の京都滞在を終えて家路につきますが、その後の風嶋香澄の態度には、謎がつきまといます。鯉沼がどれだけ親密に話しかけても、風嶋香澄の態度はつれないのです。それでいて、鯉沼のことを嫌っているわけではなさそうなので、鯉沼は彼女の本意がどこにあるのか混乱し、悩みます。

鯉沼は、それからも、何度か「一緒に暮らそう」という提案を風嶋香澄にしますが、彼女はそのたびに煮えきらない態度をとります。

一方、鯉沼は、タケルの誘いで、本船と艀(はしけ)のあいだで荷物の積みおろしをする、港湾作業員のバイトをします。そのバイトでは、本物のヤクザがバイトにきていて、タケルはヤクザに仕事ぶりをほめられて、喜んでいます。

バイトの近くで定期的に催される、競艇場のレースがあり、タケルはヤクザたちに頼まれて、ときどき舟券を買ってきています。

鯉沼が冗談で、
「ヤクザたちはバカだから、大穴ばかり狙っている。賭け金を横領して、賭けたことにしていても、バレないよ」

と言うと、タケルは本気でそれを実行しようとします。

そして、レース当日、タケルはヤクザの賭け金を12万円ほど横領します。しかし、レースは危うくヤクザたちが賭けた舟が勝ちそうになり、ふたりはキモを冷やすことになります。

結局、ヤクザたちの賭けははずれ、タケルと鯉沼は6万円ずつ山分けしますが、二度とこのような危ない橋を渡ることはやめようと二人は誓います。

鯉沼は、その後も風嶋香澄の不安定な態度に翻弄されることになりますが、タケルの誘いによって、舞台は場所をうつすことになります。
ある日、突然タケルが鯉沼の家にやってきて、「賭け金を横領したことがヤクザにバレた。早く逃げよう」とフォルクス・ワーゲンに乗り込むように鯉沼に言います。
鯉沼は、慌ててフォルクス・ワーゲンに乗り込みますが、会う約束をしていた風嶋香澄にお別れを言いに行ったとき、「私も一緒に連れて行って」と言われ、フォルクス・ワーゲンでの旅に、結局、風嶋香澄も一緒に連れて行くことになります。

フォルクス・ワーゲンには、鯉沼と風嶋香澄とタケルと、タケルの飼っているネコが一緒に乗り込んでいます。
鯉沼は、追ってきたヤクザたちに襲撃される夢を見たりしますが、この旅は風嶋香澄と二人で過ごせるというプラスの側面もあり、3名プラス1(ネコ)は、この旅で貴重な体験をします。……

 

REVIEW

 

 

今から15年ほど前に書かれた作品ですが、古びていません。好感のもてる青春小説だと思います。
彼女のいない鯉沼が、異性を恋い焦がれる心理描写は、笑えます。すらすら読めて、おもしろいです。

片山恭一氏の作品は、2001年の『世界の中心で、愛をさけぶ』を中心に考えてしまうのですが、それは良い面もあり、悪い面もあるかもしれません。

『世界の中心で、愛をさけぶ』が、体の関係を持つ前までのカップルを描いた作品であるとしたら、『満月の夜、モビイ・ディックが』は、体の関係を持ってしまったカップルが、心の関係において、いかにお互いを深くわかり合えるか? そういうテーマを内包した作品であると言えるかもしれません。

作品を読めばわかりますが、風嶋香澄は心をすこし病んでしまった女性です。
鯉沼は、彼女をもてあましているところがあります。
そして、彼女よりつきやいやすい、下村朱美との関係を復活させます。
それは、鯉沼の父親を連想させる行為です。
鯉沼の父は、心を病んでしまった妻をのこし、女を作って家を出てしまっています。
鯉沼は、一方で父親に対し批判的なまなざしを持っていますが、同じような行いをしてしまっています。
本当に好きな女性が、自分の手におえないような心の病をかかえているとき、どうするか?
という究極の選択をせまってくる作品でもあります。
作中において、最善の答えが提示されているわけではありませんが、(そもそも最善の答えって、登場人物たちがどうすることなのか?)読後感は悪くない作品だと思います。

いろいろ書きましたが、「それは違うだろう」という感想も出てくるかもしれません。
とてもおもしろいので、読んでみてほしい作品です。
とにかくこれでまた、ぼく自身は、氏の他の作品を読む楽しみが増えました。

 

 

 

レビュー執筆者紹介

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 

 

 

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