『野ブタ。をプロデュース』あらすじ(白岩玄/作)~学園小説の傑作


野ブタ。をプロデュース (河出文庫)

 

writer/にゃんく

 

白岩玄の小説『野ブタ。をプロデュース』のレビューを掲載します。
まずは、あらすじからご紹介します。

 

STORY(ねたばれアリ)

 

高校2年生の桐谷修二(きりたに しゅうじ 17歳)は、クラスだけでなく、学年でも人気者です。
高校生にして、すでに人間関係を華麗にさばく技をこころえています。
修二はこう嘯(うそぶ)きます。
「人気者にも必ずつぎはぎがあるものだ。所詮は一人の人間、全てが素晴らしいわけではない。そのつぎはぎをいかにうまく隠すか。凡人と人気者の差はそこにある。」

「自分が他人と合わないからって一人の世界を作ってしまう奴。そんな奴は弱過ぎる。障害物があるからって違うコースを走るのか。そんなもの全部キレイにかわして走ればいいんだ。嘘でもデマカセでもなんでも使えばいい。どうせ死ねば灰になる。抜かれる舌など残っていないのだから。」

誰からも好かれる修二。誰からも尊敬される修二。
修二は高校生にして、周囲から大人あつかいされています。

そのような扱いをうけるのも、ひとえに修二は、みんなが作った幻想の「修二」というぬいぐるみをかぶっているからです。
修二は「桐谷」ぬいぐるみショーを、高校生活を舞台に、演じているつもりでいます。

昼休みにお弁当をつくってきてくれる、人気のマリ子と昼食をともにしているおかげで、クラスのみんなには彼女がいると思われていますが、こう見えても修二、実は童貞です。

 

ある日、修二のクラスに転校生がやって来ます。
美人の転校生だとみんなが期待していたのに、やって来たのは、デブでわかめヘアーで、制服にはいつもフケが乗っかっているチビの男子でした。
その名も、小谷信太。
黒板に書かれたその文字を見て、修二は転校生の名前をノブタと読みますが、ほんとうは、(こたに しんた)という名前でした。

そのうちクラスメートたちみんなは、信太を見て、本人に聞こえるように「キモい」などと悪口を言いはじめます。
誰も転校生の信太に話しかけるものもなく、日がたつにつれ、信太はカツアゲされたり、暴力をふるわれはじめたりしはじめます。

 

その日、修二は風邪をひいていて高熱をだしていました。
早退しようとしていた矢先、信太が不良たちにトイレで暴力をふるわれているのを修二は目撃します。
一度は黙って通り過ぎようとした修二ですが、やり過ごすことができずに、いつもの嘘をおりまぜた機転をきかせて、不良たちをその場から立ち去らせ、信太を救出します。
その場で、信太は、
「修二さんみたいになりたいんです、弟子入りさせてください」
と修二に懇願しはじめます。

はじめは乗り気でなかった修二も、当時流行していたアイドルユニットの「モーニング娘。」をプロデュースした「つんく♂」みたいに、自分も「野ブタ」こと信太をクラスみんなの人気ものに仕立てあげる「プロデュース」にチャレンジしてみることにします。

修二にとって、「修二」着ぐるみショーは、自分を人気者に仕立てあげることだけでは充分でなく、他人である「野ブタ」を人気者に仕立てあげることによって、ようやく完成の域に達するのでした。

修二は、まず手はじめに、「野ブタ」の頭を丸刈りにすることからはじめます。
「野ブタ」は、髪があることによって、フケも付着することになるし、髪型も「キモい」と言われることになっているので、まずその髪をカットすることからはじめたのでした。
丸刈りを終え、キモいブタから可愛いブタへと変貌をとげた「野ブタ」を、クラスみんなにお披露目するために、修二はわざと登校時に「野ブタ」と一緒に遅刻していくことにします。
その狙いは、遅刻することによって野ブタに注目を集め、さらに、修二が野ブタを大爆笑することによって(丸刈りにされていますから)、みんなの笑いを引き出し、そのことによって、誰からも無視されていた野ブタを、バカにされつつも愛されるキャラに変貌させようというものでした。

当日、計画どおり遅刻していった修二と野ブタは、狙い通り、皆の大爆笑を引き出すことに成功します。そして修二は、これまで休み時間にひとりぼっちだった野ブタを、修二がふだんよくツルんでいる森川や堀内などの仲間に引き入れて、孤立させないようにします。

 

その後も、修二の「プロデュース」は順調にすすみます。
たとえば、数学の授業のときに、野ブタを黒板の前に立たせ、股割りをさせます。そして、野ブタのズボンのお尻の部分を破かせることにより、クラスの大爆笑をさそいます。
笑いは笑いの感染をさそい、当初、野ブタのことをキモいと言っていたクラスの女子たちも、やがて野ブタのことをカワイイと言いはじめるようにまでなってゆきます。
笑いの効力を重視した、修二プロデューサーの計算どおりに事は運んでゆきます。

 

やがて春休みとなり、高校3年に進級します。
春休み明け、修二は登校しますが、彼にも変化が訪れています。
休みボケのためか、着ぐるみの「修二」になりきれていない彼は、空回りをはじめます。
というのは、春休みのあいだの出来事で、仲間の森川が、ある不良に深夜のコンビニの駐車場で暴力をふるわれていた際、修二は彼を森川だと気づかずに見殺し(実際には森川は死んではいませんが、ボコボコにされました)にしてしまっていたのでした。
その事実に、修二は休み明け後、気づきますが、失った森川の信用を繋ぎとめることができません。
以前の修二であれば、口からデマカセで、何とでも言い訳ができたのですが、無敵の「修二」も、野ブタという他人のプロデュースにかまけていたせいか、本来の実力をなかなか取りもどすことができません。
森川は、修二に見殺しにされたことを、クラス中に言いふらしてしまいます。
みんなから信用をうしなってしまう修二。
マリ子からも、「怖かったんだよね」などと言われる状態で、修二が森川を見殺しにしたという噂は、動かせない事実となってしまいます。
クラスメートたちから一気に無視されはじめる修二。
唯一、マリ子と野ブタだけが修二の味方でしたが、そんなマリ子に、修二は強がった態度を取ってしまいます。
その出来事が影響したのか、マリ子はしばらく学校を休みます。

 

数日後、修二はとんでもない光景を目にします。
以前、野ブタは、マリ子のことが好きであることを修二に打ち明けていたのですが、いつもお昼に、修二がマリ子とふたりきりでお弁当を食べていたあの教室で、野ブタの胸でマリ子が泣いているところを目撃します。
マリ子の愛情も失った修二は、ある日、高校の屋上に野ブタを呼び寄せます。
そこで、野ブタは、いじめられっ子だった自分を人気者にプロデュースしてくれていたことをクラスのみんなに打ち明けてはどうかと修二に提案します。(修二がクラスメートの信頼を取りもどすために)。
しかし、野ブタの提案に、修二は思いがけない答えをくだすのでした。……

 

REVIEW

 

当時全盛だったアイドル『モーニング娘。』。
つんく♂がプロデュースし、大人気でした。
冒頭の一文が、「辻ちゃんと加護ちゃんが卒業らしい。」で幕を開けることからもわかるように、しょっちゅう『モーニング娘。』の構成メンバーは入れ替わっていました。
アイドル『モーニング娘。』をプロデュースするように、完全無視されていた野ブタを人気者にプロデュースするという使命に、修二はとりつかれます。
『野ブタ。をプロデュース』は、そんな修二の転落のストーリーです。

 

流行の、アイドルのプロデュース業というものを、上手に取り込んで小説を作っています。
高校生といえども、すでに大人顔負けの「騙(だま)し騙(だま)され」という心理的な駆け引きを行っているという事実が、本作を読めば理解できます。

学校生活は、戦場なんだ! ということが痛感されます。
最先端の若者の言葉遣いが作中溢れていますが、主人公は「桐谷修二」という仮面をかぶって人気者の座を維持しています。
太宰治が道化という言葉をつかって、人前で演じる主人公を描いていますが、『野ブタ。をプロデュース』も、太宰が描こうとしていた「道化」と本質は同じものを扱おうとしている点で、文学の正統のながれをくむ作品といえるかもしれません。

 

白岩 玄(1983年~)は、『野ブタ。をプロデュース』で2004年、(21歳のとき)第41回文藝賞を受賞しています。本作は、翌年の芥川賞候補にもなっています。
テレビドラマ化され、大人気となりました。
ちなみに、「にゃんころがりmagazine」の依頼でオリジナル小説作品を多数提供していただいている山城窓さんは、第41回文藝賞の最終候補に選ばれています。
なんと、山城さんは、あの『野ブタ。をプロデュース』と文藝賞受賞を争った作家さんです。惜しくも受賞はなりませんでしたが、山城さんの候補作も『野ブタ』に負けないくらい良い作品で、ぼくは読んでとても気に入っているのですが、受賞していてもおかしくないくらいの作品だったと思っています。

最終候補に残る作品の優劣というのは、実はそんなにかわらないと言われています。(選考委員の顔ぶれが違っていれば、受賞する可能性があったから。)
『野ブタ。をプロデュース』と山城さんの最終候補作を読み比べてみてもおもしろいかもしれません。

 

 

レビュー執筆者

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 


野ブタ。をプロデュース (河出文庫)

 

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