『風林火山』NOVEL REVIEW~歴女(レキジョ)も夢中?! 武田家の軍師・山本勘助の物語


風林火山 (新潮文庫)

 

 

writer/にゃんく

 

 

今回は、井上靖/著の小説『風林火山』のレビューをおとどけします。
画像は、2007年放映された大河ドラマの画像です。

さて、以下、小説『風林火山』の紹介をします。

STORY

冒頭、召し抱えてくれる武将を探している、まだ浪人時代の山本勘助が登場します。
山本勘助は、目がすがめ(片方の目がつぶれていること)で、背が低く、親しみがもてない容貌をしているため、周辺の住民も、彼を見て見ぬふりをするくらいです。
山本勘助は、全国各地を渡り歩いてきて、並はずれて武道にすぐれ、ずば抜けた城取りの能力をもっていると噂されています。
今川家の家臣のひとりが、山本勘助に捨て扶持をあたえていますが、それは山本勘助を信用してのことではありません。彼を雇うと何を仕出かすかわからないが、他国に雇われると不安なために、勘助に捨て扶持をあたえて、自国の領域にとどまらせているに過ぎないのです。
勘助も、良い主君に巡りあい、おのれの城取りの能力を、思う存分発揮したいと、日頃から考えています。

そして、ある日、そのチャンスがめぐってきます。
山本勘助の家に、青木大膳という30歳くらいの荒くれもの(浪人)がやってきて、兵法を極めたと吹聴している勘助のことを「嘘つき」呼ばわりしたり、勘助に金をたかったりしています。

山本勘助は、一計をめぐらし、同じく武田家へ士官したがっている青木大膳に、武田家の家臣(板垣)を襲わせる約束をさせます。
そして、大膳の襲撃の際、勘助が、板垣を助ける芝居をうつことにします。
そうすることによって、板垣が、恩人の勘助を武田家に雇う→その後、青木大膳も武田家に雇ってもらうよう、勘助が推薦する。
そのような運びで、ふたりの士官の成果を手に入れようという計画なのでした。

後日。
その手はずどおり、通りがかった板垣を、大膳が襲います。
そして筋書きどおり、助けに現れた山本勘助と大膳が適当に茶番を演じた後、姿をくらまそうとする大膳ですが、手筈と異なり、勘助は、大膳に本気で斬りかかってきます。大膳は、勘助の勢いに「計られたか」と感づきますが、後悔も後の祭りとなります。
大膳は、勘助のために命をおとします。
そして、武田家の家臣・板垣を救った山本勘助は、念願の士官が叶います。

ようやく士官がかなった勘助は、はじめて武田晴信(信玄)と会います。信玄20代、勘助51歳のころのことです(1544年ころ?)。
武田晴信は、その少し前、自分の父親である信虎を追放して、自らの支配権を確立しています。
どういうイキサツがこの親子にあったのかは、作中で詳しくは語られませんが、晴信は幼少時代、父親の信虎に疎まれて、不遇に暮らしていた、という記述がでてきます。
そのせいか、武田晴信と山本勘助は、馬があいます。
というのは、晴信は、周囲の人間から疎まれ、蔑まれているような人間の肩をもつ性格で(自分自身が蔑まれて育ったため、同じ境遇の人間をひいきする癖がある)、容貌的にも親しまれていない山本勘助(実際の戦の経験もなく、実績もない勘助)を、手厚くもてなします。

さて、武田晴信(のちの信玄)は、父の代とちがって、諏訪地方を攻略しようとします。
そのため、勘助の策略をとりいれ、諏訪頼重を謀殺する、という行動に出ます。
そして、その後、頼重亡き後の諏訪地方を攻めます。
蹂躙された諏訪の城のなかで、勘助は、頼重の娘(由布姫)を発見します。
由布姫(ゆふひめ)は、侍女たちに自刃するよう迫られていたようですが、
「わたしは死にたくない、生きて諏訪の湖を見たい」
などと叫んでいます。
勘助は、美しい由布姫の姿を見て、心を動かされます。(勘助は、恋愛したことも、人に好かれたこともない)。
彼は、由布姫を安全な場所へ連れて行きます。

由布姫にとって、武田晴信と山本勘助は、自分の父親を殺したカタキです。
が、晴信は、そんな由布姫を自分の側室にしようとします。
由布姫があまりに美しいためです。
もちろん、由布姫は側室になることを嫌がります。
武田家の家臣たちも皆、由布姫が晴信の側室になることに反対しますが、ひとり勘助だけが、
「由布姫と殿とのあいだに子どもが生まれれば、武田家に反発している諏訪の民も、武田の家になびくようになるのでは?」
と言って、賛成にまわります。
そんなある日、晴信の正室の三条氏が、由布姫のいる館にやって来て、「姫に会わせろ」と言います。
正室の三条氏は、由布姫が晴信の側室になるという噂を聞いて、由布姫にケンカを売りに来たようなのです。
勘助は、由布姫と三条氏を会わせてはならないと考え、由布姫に姿を隠すよう進言しますが、由布姫はとりあわず、三条氏に会わせろと言います。
仕方なく勘助は、由布姫と三条氏を面会させます。
その面会の場で、三条氏は皮肉を言います。
「父を討った人の囲い者になりたくて、はるばるやって来るとは、国は亡びたくないもの」。
三条氏は、そうつめたく言い放ったあと、しれっと帰ります。
三条氏が帰ったあと、それまで晴信の側室になることを認めていなかった由布姫が、にわかに勘助を呼んで、晴信の側室になる決心をしたことを伝えます。
三条氏の皮肉のことばが、由布姫のこころに火をつけたのでしょうか。
そのとき、由布姫の頬には涙がながれていたのです。

さて、晴信の側室になった由布姫ですが、側室でありながら、親のカタキを討つため、晴信の命を狙うような言動をとったりして、勘助をヒヤヒヤさせます。

その後、由布姫は晴信とのあいだに男児(のちの、武田勝頼)をもうけます。
もともと武田家と諏訪家のあいだには、すきま風がふいていますから、赤ちゃんは諏訪に移したほうが安全である。勘助はそのように考え、由布姫を諏訪地方に移そうとします。
しかし、諏訪への移動の際に、由布姫がとつぜん脱走を図って行方不明になったりと、ハプニングが続きます。
子どもが生まれてから、由布姫の心情にも変化がおこったようで、親のカタキであった晴信に、愛情を抱くようになってきたようなのです。
「オヤカタ様と離れて住むのはイヤ」
行方不明になった由布姫を、ようやくの思いで探し出した勘助に、由布姫はそのようなことを言います。

勘助が、武田家に仕えてから次第に年月がすぎていきます。
晴信は、浪人であった勘助に、大事な戦略上の相談をもちかけます。そして、ほぼ毎回、勘助の意見を採用するようになっていきます。
勘助は、由布姫とその息子を、命のかぎり守っていこうとします。
晴信には、三条氏の息子である義信がいます。
義信は嫡男(長男)であり、本来的に、武田家の跡継ぎという存在です。
が、勘助は、由布姫のために、義信を廃嫡(はいちゃく)にしなければならない、と誓います。
由布姫の息子の勝頼を、跡継ぎにするためです。
義信と彼のまわりに取り巻く勢力は、邪魔者でしか、ないのです。
そして、勝頼を、武田家の跡継ぎにしてみせる、と由布姫に約束さえします。
そんな勘助に、由布姫も大いに信頼を寄せるようになります。

しかし、武田家の地位も万全ではありません。
北は勇将のほまれ高い上杉謙信が陣どり、南には強豪の北条、今川が乱立しています。
すこし油断すれば、武田家も滅び去ってしまいます。
過酷な戦国時代です。
ともすれば、上杉謙信と戦闘したがる晴信に、勘助は今はひたすら自重するときだと説きます。
そして、何十年もかけて、甲斐内外の諸豪族を平定し、南の北条家と今川家との三国同盟を、ついに実現させます。
後顧の憂いをなくし、これで思いきって上杉謙信との決戦に専念できる体制になったのです。

思いがけない出来事がおこります。
由布姫が、病にたおれたのです。
自らの息子を、武田家の跡取りに据えるという夢を見ぬまま、若い由布姫は、亡くなります。

そして、勘助が武田家に士官してからおよそ20年、それまで避けに避けてきた、上杉謙信との対決の日がやってきます。
川中島の戦いです。
川中島周辺に、上杉謙信と武田家の大群がにらみ合う日がやってきたのです。

その戦闘では、武田方のほうが人数的には優位でした。
武田方18000人。
上杉方13000。
上杉方は、妻女山(さいじょざん)に陣して、まったく動きを見せません。

それまで自重に自重を重ねてきた勘助ですが、亡くなった由布姫の墓参りに行ったあと、彼女の声を聴いたような気がして、今度は自分から積極策に出ます。
正攻法で押していっても、人数的に優位だから武田が勝つという意見を言う家臣もいたのですが、あえて勘助は、軍を二手にわけて、攻撃方に精鋭をあつめ(高坂昌信ら)、その軍勢で、夜陰にまぎれ、妻女山の上杉方を攻撃、もう一方の軍勢(本陣の武田信玄や、勘助ら残りの部隊)を川中島付近にあらかじめ配置しておき、攻撃をうけて山をくだってきた上杉方を粉砕する、という二段構えの作戦(通称:キツツキ戦法)を立てました。

信玄(このときには、頭を剃って、名をあらため、信玄と名乗っています)も、勘助の案を採用し、その日の夜に、武田方は動きます。
すなわち、高坂昌信ら別働隊が、妻女山の上杉方をまもなく急襲しようというのです。

勘助と信玄は、山の上の、彼らの戦闘の音が聞こえてくるのを、今か今かと、川中島周辺で待機して待っていました。

その夜は、奇しくも、霧の濃い日でした。
一寸先が、まるで見えません。

あるとき、勘助は、嫌な予感におそわれ、見回りに出ます。
すると、目の前に、見知らぬ軍勢が見えるではありませんか!

それは、上杉方であることが、わかってきます。
上杉方は、妻女山から降りて、待ち構えていた武田方の目の前にいたのです。
つまり、妻女山は今、もぬけの殻で、勘助の作戦は、みごと謙信のために裏をかかれていたのです。

武田方は、軍勢をふたてに分けてしまっていたため、不利な状況で戦闘を開始せねばなりませんでした。
おまけに、戦上手の精鋭部隊(高坂昌信ら)は、山の上に行って離れてしまっており、すぐには戻って来られません。

時間がたてば、その精鋭部隊は、謙信の軍勢の後方をついてくると思われますが、それまで武田方は、信玄を守り通さねばなりません。
そのようにして、川中島の戦闘ははじまったのでした。

はじまると、武田方はどんどん押されていきます。
武田家の重臣たちも、つぎつぎと討たれていきます。
次第に、信玄のいる本陣にまで、危険がせまってきます。
しかし、高坂昌信ら精鋭部隊がもどってくるまでには、しばしの時間がかかります。

そんなとき、信玄の長男の義信が、手勢をひきつれて、謙信ひとりを狙って、突撃をする、と勘助に言いだします。
義信は、自分の身を犠牲にし、相手方を混乱させ、時間かせぎをして、信玄を守ろうという作戦でした。(そのかわり、突撃をした義信は、十中八九、戦死する)。
義信を廃嫡にしようとしていた勘助ですが、すこし考えたあと、義信に、自分のかわりに信玄を守ってくれるよう言い残し、勘助みずから、手勢をひきつれ、謙信めがけて突撃を開始します。

乱戦のなか、斬られ、勘助の意識は朦朧となります。
やがて、謙信が、みずから信玄と斬り合い、一気に雌雄を決するために、単機、接近してきます。(有名な、信玄と謙信の、一騎打ちのシーンですね。)

瀕死の勘助の目に、米粒の大きさで、地平線のかなたに、妻女山に向かっていた精鋭部隊のすがたが入ってきます。

そこで、勘助は、敵の雑兵に首をきられます。

 

REVIEW

 

『風林火山』は、1953年発表の井上靖(1907~1991年)の小説です。
1953年というと、かなり古い作品ですが、内容は今読んでもまったく古さを感じさせません。

歴史小説ですから、中身が良質であれば、いくら時代がたっても、古びませんね。

武田信玄の軍師、山本勘助(1493?年~1561年)を主人公にした物語です。
山本勘助は、「武田二十四将」と呼ばれ、武田の五名臣の一人にもかぞえられていて、民衆のあいだには、講談などをつうじて人気のある人物ですが、その実在を疑問視する声もあるようです。
山本勘助は、はじめ、今川家に士官しようとしましたが、容貌が醜く、足が不自由で、指も満足にそろっていなかったため、9年間も今川家から放置されていました。
ただ、兵法を極めたと本人が吹聴していたために、その噂がひろまり、武田家に召し抱えられることになります。
その後、川中島の戦いで戦死した、とされています。(ウィキペディア参照)。

冒頭の、青木大膳とのカラミは、井上靖の創作だと思われますが(たぶん青木大膳は架空の人物)、よく書けていておもしろいです。
青木大膳が乱暴者として描かれているので、読者としては、知らず知らずのうちに、勘助へ肩入れするようになっていくようです。

小説においては、主人公に立ちはだかる障害は、大きければ大きいほど、それを乗り越えるための葛藤がうまれるため、ドラマチックになります。
『風林火山』では、その障害は、信玄の最大のライバル、上杉謙信です。

山本勘助は、武田家に士官するまでは、不遇でした。
信玄は、いわば恩人であり、信玄のためなら、命を捨ててもいい、と勘助はかんがえています。
しかし、由布姫との約束(勝頼を武田家の跡継ぎにする)を果たせぬまま、それまでは軍師としての勘助の献言により、その勢力を大きくさせてきた武田家ですが、最後には、その勘助自身のアイデア(キツツキ作戦)により、大きく失敗(したかのように見えます。)、命をうしないます。

勘助は、虫の知らせか、川中島の決戦で、勝頼に初陣を経験させようとしていましたが、直前でそれをとりやめ、海津城という堅固な城に、勝頼をおしこめています。
その虫の知らせが当たった形となり、川中島の決戦の前半は、さんざんな結果となります。
勝頼の今後の未来もわからぬまま、由布姫との約束を果たせぬまま、そして、信玄の命を危険にさらし、自分の命も、自分の作戦により、最後には失ってしまう勘助。

『風林火山』は、勘助は死んでしまいますが、読後感は、極めてさわやかな作品です。
ここには、ドラマがあり、血の通った人間の感情がながれています。

 

井上靖は歴史小説もたくさん書いていて、歴史小説『楼蘭』など、傑作も多いのですが、今回読みかえしてみて、中でも『風林火山』は彼の最高峰の作品の1つではないかと思いました。
最近は、テレビで時代劇などを目にする機会も、以前よりすくなくなってきました。

 

『風林火山』を読んで、ひさびさに戦国のロマンに身をゆだねてみるのも良いものですよ。

にゃんくのこの本の評価5

 

(本ブログでの、レーティング評価の定義)

☆☆☆☆☆(星5) 93点~100点
☆☆☆☆★(星4,5) 92点
☆☆☆☆(星4) 83点~91点
☆☆☆(星3) 69点~82点)

 

 


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