ショート小説「受け継がれる意志」

迫田源三は頼りになる男だった。
三代続いた魚屋を切り盛りし、妻・圭子を心から愛し、町内の面倒事も進んで引き受けると言うように一本筋が通った男だった。
実は、源三には野望があった。圭子がそれを打ち明けられたのは、彼女が源三に妊娠を告げた時だった。
「とうとう夢を実行に移す時が来た!」
と興奮した源三は、胸に秘めていた計画を打ち明けた。
「一緒にアメリカに行こう!」
「アメリカ?突然何よ」
「俺の夢を叶えるためだ。頼む!」
話を聞いた圭子は最初、源三の頭がおかしくなったと思った。つい最近、源三の幼馴染で、アメリカで商社勤めをしていた瀬野光太郎が町に戻ってきた。キザでナルシストの光太郎の事を源三は昔から毛嫌いしており、彼が戻ってきてからは始終イライラしていた。源三の妻は、放っておけばそのうち言わなくなるだろうと思って聞き流すことにした。
しかし、源三は本気だった。源三は夢の実現の為に本を買い込んで調べたり、役所に通ったりとアメリカへ移住する準備を始めだしたのだ。最初はあきれたり怒ったりして取り合わなかった圭子も、毎日毎日計画についての話を源三に聞かされているうちに段々とそれが素晴らしい事のように思えてきた。そして、いつしか移住先の候補を探したり、英会話教室に通いだしたりするようになっていた。
そして源三の執念が実り、夫婦は本当にアメリカに移住してしまった。そして、その直後に長男・裕司が生まれた。

アメリカ移住後の源三夫婦の生活は決して楽とは言えなかった。慣れない環境の中、彼らは深夜のビル清掃や深夜レストランの調理係などの仕事を掛け持ちしてコツコツ金を貯めた。そして、魚屋だった経験を活かして寿司バーへの魚の卸業を始めた。本格的な寿司に使われる新鮮な魚を取りそろえた業者が他になかったのが幸いし、本物志向の寿司バーが得意先となり、やっと生活が安定するようになった。親子三人、アメリカで暮らしてゆける目途が立ったのだ。
しかし、源三の夢はまだ途中だった。裕司が一五歳になった時、源三は二人きりで話をした。
「裕司、お前は日本に行かなきゃならん」
「父さん、あんたバカか?」
「しかし安心しろ。今すぐって訳じゃない。お前が二十才になってアメリカ国籍を取ってからだ」
「もっと悪いだろ!何でわざわざ正式にアメリカ人になった後なんだよ!」
「うるさい、それがお前の宿命だ!」
親父では話にならないと思った裕司は圭子に“助けてくれよ”と目で合図した。すると圭子は優しく微笑みながら言った。
「いずれ、ユウにもお父さんの考えが分る時が来るわ。言う通りにするのよ」
それから毎日二人がかりの説得が始まった。源三が怒鳴り圭子が優しく諭すと言う、飴と鞭を使い分けた見事なコンビネーションで少しずつ裕司を懐柔していった。
そうして五年が経ち、裕司は二十歳になりアメリカ国籍を取得した。その頃には裕司の頭には源三の夢がしっかり刷り込まれていた。
「父さん、オレ日本へ行くよ!」
「オゥ、しっかりやれ!」
両親の期待と夢を背負って、裕司は意気揚々と日本に向かった。

日本に移り住んだ裕司は水産加工品を扱う会社に就職した。魚屋からスタートし、今でも社長を「親父さん」と言っているような会社の中で裕司の存在は浮いていた。しかし、父親譲りの魚を選ぶ目とアメリカ仕込みの英語力と社交性で仕事をバリバリこなしてゆくと、周りの目は一変し、トントン拍子に出世していった。
しかし、裕司の本当の目的は出世ではなかった。三十歳になると一転して合コンやお見合いパーティに片っ端から参加するようになり、OLだった麗子と交際四ヶ月で結婚し、その一年後には長男・修斗が生まれた。
修斗誕生の報せを聞いた源三は
「やった!裕司、よくやってくれた!」
と狂喜乱舞した。

修斗がその生涯で何度も同じ会話を繰り返す事になる。
「僕のパパはアメリカ人。ママは日本人なんだ」
「えっ、じゃぁ修斗君ってハーフなんだ!」
「ううん、違う」
「?」
“日本だアメリカだと下らねぇ。そんなチンケな事を自慢するヤツを黙らせてやりたい!”
と言う源三の夢は、国籍上はアメリカ人ハーフ、だけど純血日本人の孫・修斗の誕生によってついに実現したのだった。

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