ショート小説「因果応報」

実は私、前世は人間なんです。

前世の事は全部覚えています。それだけではなく、死んだ後の事も。
え?あの世がどんなだったかって?
分かりました。お話ししましょう。
私は死んだ後、長い長い道を一人で歩き続けると、突然大きな大きな門の前に出ました。試しに押してみると、あっさりと開いたので入ってみると、薄暗い、家具も何もない、ガランと広い部屋でした。進んでゆくと、向こうの方に誰かが座っているのが見えました。座っているのに身長は私より大きく、眉間に深い縦皺が刻まれた厳つい顔をしていました。
そう、閻魔大王でした。
思わず逃げ出したくなりしたが、いつの間には後ろに鬼が立っていって、私の行く手を塞いでいました。仕方なく、私は閻魔大王の前に進み出ました。
「お前が生きている間にしてきた事は、全てこの帳面に書いてある。これを見て、お前の行く先を決める」
閻魔帳って、本当にあるんですね。閻魔大王はおもむろにそれを開き、閻魔帳を見て、私を見て、を繰り返していましたが、突然口を開きました。
「けしからん!」
“やっぱり来たか・・・”
予想していた事とはいえ、私の背中は緊張でビクビクし通しでした。
「お前は生きている間、とんでもない事をしてきたな。断じて許す事はできん。罪に見合う罰を与える!」
「はい、それは分かっております。しかし、どうか私の話を聞いてください」
まだ生きている時から考え続けて事をいよいよ話す時が来た、と思いました。
「私は生前、ごく普通の公務員でした。確かに勤務先は保健所で、引き取り手のない犬達の殺処分を行うのが仕事でした。しかし、決して憎くてやっていた訳ではありません。むしろ、私は犬が大好きなんです。それだけに、捨てられたまま誰にも引取って貰えず、みすぼらしい野良になってしまった犬の姿を見ているのは忍びなかった。そこで、例え生きている間は不幸でも来世では幸せになって欲しい。せめて最後は苦しまないように自分の手で天国に送ってあげたいと思い、毎日泣く泣く殺処分を行っていたんです。確かに褒められた事ではないですが、他にどうしようもなかったんです」
話していて、思わず涙が出そうでした。
実を言うと、話は殆どウソです。特に何も感じることなく処分していました。そうじゃなきゃやってられませんよ。第一、犬は嫌いなんです。だって、うす汚くて臭いじゃないですか。
「犬を殺すのは何とも思わないが、俺があの世へ行った時にどう言おうかな・・・」
とずっと考えていただけあって、我ながら熱演だったと思います。
閻魔大王も私の話を聞いて「ウ~ン」と唸っていたので「上手く行った!」と腹の中で思いました。いくら閻魔大王でも、心の中までは分からないみたいですね。
やがて、閻魔大王が口を開きました。
「実はお前には、犬を苦しめた分だけ地獄で責め苦を与える刑罰を用意していたのだ。しかし、その話を聞くと、刑の内容を考え直さなくてはならんようだ」
もう、笑いをこらえるのが大変でした。

あっ、犬がこっちにやってくる!話の途中ですけれど、ちょっと失礼して・・・
ウヒャヒャヒャ、ウヒヒヒ!・・・あ、やめてやめて、イタタタタ!
ハァ、ハァ・・・ハイ、実は今、罰を受けている真っ最中なんです。前世やあの世での事を覚えているのも、自分の罪を反省する為だそうです。
ええ、犬に弄ばれるのが私の罰です。何しろ御覧の通り、生れ変わった今の私は犬用のおもちゃ「カミカミボーン」ですから。
あ、また来た・・・くすぐったいって!アハハハ・・・ハァ、ハァ・・・
これでも少し軽い罰になっているらしいんですけど・・・
「犬を愛する気持ちを汲んでやろう。十分に犬達を喜ばせたら生まれ変わらせてやろう。さぁ、体を張って少しでも早く罪を償うがよい!」
って。ちっとも嬉しくないですけどね。
あぁ、まただ・・・ヤメテヤメテ!・・・あーぁ、つばで全身ベトベト。汚いし臭いなぁ。でも、犬達を楽しませないといつまでも生まれ変われないし・・・時々、思うんですよ。閻魔大王はやっぱり全て知ってたんじゃないかって。
さぁ、頑張るぞ!たっぷり噛んで嘗めて楽しめ!・・・いや、もう限界だ~止めろ~・・・いや、噛め~・・・いや噛むな~!・・・やっぱり噛め~!・・・やっぱり止めろ~・・・いや、お願いだから止めるな~・・・

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