777
ー⑥ー
にゃんく
それから四日後の午前中。
みっくんは週休日に、K駅から電車に乗り、いつものようにスロット店に向かっていた。駅の東口から地上に上がり、アルタの横の、露天商が屋台で首飾りなどを売っている通りを抜けようとすると、通り沿いを行ったり来たりしている男が目についた。どうやらカケル君らしかった。
声をかけるとカケル君は振り向いたが、彼は震えていて、いつもと違い様子がおかしかった。まるで誰かが今にも自分に襲いかかってくるというふうに、見開いた目はあらぬ方向に向けられてみっくんのことは視界に入っていない。顔を近づけると、
「あの店には、魔物がいる」とカケル君はみっくんでない誰かに言うみたいに早口で言った。「君も殺されないうちに逃げた方がいいぜ」
彼のあたま越しに、靖国通りを渡るため信号待ちをしている数人の人影が見えた。みっくんは建物の影のある場所に避難した。眩いほどの太陽の照射のなかでは、陽炎がたゆたっているように見えた。
「魔物って誰のことですか?」
みっくんが問いかけると、カケル君は、自分の頬を指差した。
「腫れているだろう? 殴られたんだ」
「殴られたって? なんで殴られたの?」
いずれの問いにも、カケル君は首をふるばかりだった。みっくんはカケル君の指差す部位を注視してみたが、殴られた形跡は不明瞭であった。ただ心労のために窶れているだけのように見えた。
時々通りを渡ろうとする人が、邪魔そうに往来に突っ立っているカケル君をじろじろと睨んでゆく。みっくんがカケル君を脇に移動させようとすると、
「しょ、所詮、ギャンブルで、生きていくことなんてできない」ますます激しく震えながら、カケル君は聞き取りづらくなっていく声音で唾を飛ばした。「や、やつらは、どんな手をつかってでも、俺たちの、生き血を、ほ、骨の髄まで、しゃぶろうとしている。か、かわいそうな子供たちを使って」
みっくんはどうしようもない暑さの中で顔をしかめた。早く涼しい場所に入りたかった。スロット店の中は、酷暑であろうと厳冬であろうと、まったく同じ温度に守られている。「ともかく店へ行こうか」と声をかけたかったけれど、出禁になっていることを考えると、カケル君をスロット店に連れて行くことはできないかもしれないとみっくんは思った。それに、言動から推察するに、彼はいま少々錯乱の傾向にあるのかもしれかった。カケル君の顔色はかつてないほど悪い。吐く息まで、胃が腐ってでもいるかのように異臭がする。
「どういうことなんですか?」
みっくんが重ねて説明を求めても、今度はカケル君は放心して黙りこんでしまう。彼は暑さを感じていないらしい。ただ何かの影を怖れているだけである。
「何があったんですか?」
「やつらが来る!」
突然そう叫んだかと思うと、顔を引き攣らせてカケル君は足をひきずりながら駅の方へ消えて行った。みっくんは、カケル君が叫んだ靖国通りの方を振り返って見たけれど、それらしき誰かが迫って来ている気配はなかった。そこにあるのはただの熱気と、道路とそこを走る車両の通過だけであった。
引き留めようとしたが、それを振り払ってカケル君は行ってしまった。
それがみっくんのカケル君との別れであった。
つづく
執筆者紹介
にゃんく
にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。
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お久しぶりです。
「777」おもしろいです。
この先も読みます。
益々の健筆をお祈り致します。
小松様
コメントありがとうございます。
小松様には、無理言って、いくつか作品を読んでいただいた記憶があるのですが、
「777」は読んでいただいたことがなかったですかね。
これは僕がある小説教室に通っていたときに、先生から褒めていただいた作品で、
生徒さんも「おもしろい」と言ってくださる人が(いつもよりかは)多かった作品です。
自分で読み返してみても、ちょっと笑ってしまうくらい、勢いのある作品ではあると思います。
作中にも出てきますが、時代は小泉首相が登場するときで、スロットでは、
初代「北斗の拳」スロット台がたいへんな人気を博していたころです。
かれこれ6年くらい前に書いた作品になります。
巷では、カジノ導入の動きがありますが、カジノ推進派の人にも読んでもらえればよいのではないか
という内容に仕上がっていると思います。
今後ともよろしくお願いいたします。