『愛について、なお語るべきこと』小説レビュー(片山恭一/著)

writer/にゃんく

 

 

 今回は、にゃんマガ(原稿を書いていただいたのは、「にゃんころがり新聞」時代)にオリジナル小説を掲載させていただいている、小説家・片山恭一さんの最新長編小説『愛について、なお語るべきこと』について、感想をアップロードします。

 

ちなみに、にゃんマガに掲載している片山先生のオリジナル小説『あなたが触れた』は、ネット上で読める媒体はにゃんマガのみとなっております。

 

まずは、作者情報から。

 

 片山 恭一

1959年生まれ。
1986年、27才のとき、小説『気配』が文学界新人賞を受賞し、デビュー。
以後、
1995年『きみの知らないところで世界は動く』
2001年、『世界の中心で、愛をさけぶ』

など、代表作多数。

『愛について、なお語るべきこと』は、2012年に発表された、上下巻の長編です。

 

 

片山恭一さん似顔絵/hiroendaughnut作

 

 

STORY

『愛について、なお語るべきこと』では、2つのストーリーが交互にかたられます。
 1つ目のストーリーは、私たちが生きている、現代日本での話です。
 辻村啓介という小説家が登場します。辻村は、52歳で、道代という奥さん、真子という娘、理(おさむ)という息子がいます。
 ある日、息子の理が、タイへ行ったきり、二ヶ月ほど音信不通になります。
 理は就職活動2年目で、望んだ会社からの内定がもらえていませんでした。
 辻村啓介は、失踪した理を捜すべく、タイへ向かいます。

 

 2つ目のストーリーは、近未来の世界です。
 文明は破壊され、人間たちは、その日食べる食料にも事欠いています。
 街は廃墟と化し、人間を食べる人間が存在するという噂さえ広まっている世界です。
 何故文明が破壊されてしまったのか、理由は徐々に明らかとなってきます。(ここでは、ネタバレになるため明かしません。小説を読んで下さいね。)
 森のなかを切り開き、見よう見まねで、作物を育てて自給自足の生活をはじめたりする集団などがいます。

 

 この2つ目のストーリーでは、「少年」と呼ばれる人物と、「少年」と行動を共にする、ギギという少女が主人公です。
「少年」は、自分でも正確な年齢がわかりません。「たぶん15歳くらい」と「少年」は自分のことを言います。
 そして、「少年」は、昔、父親が生きていた頃、「オサム」と呼ばれていました。

 

 ギギも、年代的には、おそらく少女でしょう。幼い女の子と、成熟した女性の、ちょうど中間地点くらいにいます。ストーリーがすすむにつれ、大人の体へと成長し、そのために異変が起こります。
 ギギは、耳は聞こえますが、言葉を話すことができません。
 出会った頃、
「名前は何というの?」
 と少年が訊ねますが、
「ギ、ギ……」
 としか答えることができません。
 その返答を聞いて、「少年」が、少女のことを「ギギ」と名づけたのです。
 ギギには特殊な能力があり、危険が迫った場合、それを肌で感じる能力があります。
「少年」たちは、ギギのその能力のおかげで、危難を避けて生活しています。

 

 物語は、少年とギギが、山のなかをひたすら歩いていくシーンから幕をあけます。
 冬が近づいており、少年たちは、「アトム」と呼ばれる、塩やタバコ、砂糖、紅茶などをリュックにしょって、山のなかで暮らす人々と合流しようとしています。貴重なアトムを、山で暮らす人々との交易に使い、代わりに食料を調達しようとしているのです。
 ただ、少年たちのもくろみははずれ、なかなか山で暮らす人々と接触ができません。
 少年とギギは疲れ果て、行き倒れになったところを、山のなかで鹿やクマなどを狩って暮らしている老人に助けられます……。

 


愛について、なお語るべきこと [ 片山恭一 ]

 

REVIEW

 2つの物語は、読み進めるにしたがい、しだいに共振していきます。
 2つ目のストーリーで頻繁にあらわれる、

彼女の本当の名前

 という言葉の謎が、あかされていきます。

 作中、登場する辻村啓介は52歳。
 単行本出版時の、作者の片山氏と同じ年齢です。
 家族構成や、家族が抱える問題など、詳しいことはもちろん私は知りませんけれど、本当のことが書かれているのではないかと思えるくらい、リアリティがあります。
 その辻村が、タイで巻き込まれる出来事に、ページをめくる手に力が入ります。

 少年と老人の、森のなかでの狩りのシーンも迫力があります。

 

 辻村は、無事息子を連れて帰ることができるのか?
 家族の再生はあるのか?
 少年とギギの未来は?

 上下巻、ボリュームがあり、読みごたえがあります。

 描写がとても丁寧で、提示される「壊れた世界」の豊かなイメージ(逆説のような言い回しですが)に没頭しながら読むことができました。
 静かな筆致でありながら、ダイナミックなストーリーが繰りだされる筆さばきに、感心しながら読んでしまいました。

 

『世界の中心で、愛をさけぶ』から11年。
 世界はどのように深化し、「愛」はどのような形に変貌を遂げたのか?

 小学館文庫では、
1『君の知らないところで世界は動く』
からはじまる、片山恭一さんの輝かしい作品群があります。
(『世界の中心で、愛をさけぶ』は3ですね。)
好きな音楽みたいに、気分によって、どの作品から読んでもいいと思います。すばらしい体験ができると思います。

ぼくも、最近、初期のころの作品から順番に読んでみたくなっています。

 

片山恭一オフィシャル・サイト

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