『アザラシ野球』山城窓~鬼才の超新作!!

アザラシ野球

 

 

 

山城窓

 

 

「諦めるな」監督が檄を飛ばす。「まだ試合は終わってない。最後まで諦めずに、今こそ俺たちのアザラシ野球を見せてやろうぜ!」
「そうだ」エースの直哉が声を上げる。「最強の淀川リトルとここまで渡り合ってきたんだ。俺たちのアザラシ野球は間違ってない。やってやろうぜ!」
そんな言葉で息を吹き返したか、振り逃げ、ファーボール、エラーであっという間にツーアウト満塁、一打逆転の大チャンスが出来上がる。
「いいぞ、いいぞ、いけるぞアザラシ野球!」
いけいけに盛り上がるベンチ。しかしここで、「うっ」と次の打者の藤村が低いうめき声を吐き、握ったバットをカランと落とす。
「どうした?」監督が心配そうに声を掛ける。
「バットが握れないんです」藤村が震えながら続ける。「前の回の守備で突指しちゃって……」
「代打を出すしかなさそうですね」と審判が冷静に告げる。
「そんな……俺たちは9人ギリギリしかいないんです」修が絶望に打ちひしがれる。
「大丈夫」藤村は強がる。「一振りぐらいならできます。その一振りで指が壊れるとしても悔いはないです。ここまで来てこんな形で終われないし」
「無茶はするな、もういい」監督が苦渋の言葉をもらす。しかし棄権の意志をはっきり示す前に、藤村がなだめるように続ける。
「最悪片手でも打ってきますよ。やってやれないことはない……それがアザラシ野球でしょ」
「藤村……」監督の眼には涙が浮かんでいる。指導者としては止めなきゃいけない。でも、そこまで覚悟を決めてる選手をもはや止めることもできない。そんな葛藤の中、監督はただ一言つぶやく。「頼むぞ、アザラシ野球……」
「ねえ」そのときマネージャーの晶子が遠慮がちに尋ねる。「ずっと前から気になってたんだけどさ……そもそもアザラシ野球って何なの?」
「え?」選手一同が戸惑いながら顔を見合わせる。そして口々に見解をこぼす。
「アザラシ野球は……アザラシ野球じゃん」
「チーム一丸となるとかそういうことなんじゃ……」
「強い相手にも臆さないとかそういうことかなあ」
「でもアザラシにそんなイメージなくない?」
「監督!」答えを出しあぐねた選手たちは、困り果ててすがるように監督を見やる。
「俺が監督に就任したころには、おまえらがすでに言ってたぞ。アザラシ野球がどうとか……」
「いったい誰が言いだしたんだ?」
「さあ」
 試合は止まってしまったが、審判もその答えがずっと気になっていたのか、試合を進めようとしない。ただただ耳を傾けている。
「あの……」そのとき補欠の龍之介が恐る恐る挙手して語り始める。「僕聞いたことあります」
「なんだと?」監督が食いつく。「おまえわかるのか?」
「わかるというか……聞いたことがあります。なんでもある雨の日、広い門の下で下人が雨やみを待っていたそうです。その下人が門の楼閣に上ると、老婆が死人の髪を抜いてたそうなんですけど、下人はその老婆の着ぐるみをはいで、漆黒の闇の中へ消えて行ったそうです。で、そのとき下人が最後に言い残していった言葉が『アザラシ野球』だったそうです」
「じゃあ、その下人の行方さえわかれば、アザラシ野球の意味もわかるな!」希望が見えてきたといわんばかりに監督が声を張る。しかし龍之介は静かに首を振る……
下人の行方とアザラシ野球の意味は誰も知らない。

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

作者紹介

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

↓「like」ボタンのクリックお願いしますm(_ _)m

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です