『神宮ハロウィン』山城窓

 

 

 

神宮ハロウィン

山城窓

 

 

「どうしてあなたは……そんな格好をしているの?」麻衣は待ち合わせた恋人の姿に愕然としながらそう尋ねる。
「どうしてって?」不思議そうに孝治は返す。
「だってその格好って……まるでフルタ・アツヤじゃない?」
そう、孝治の着る服は白地に赤い縦じまの入った野球のユニフォームだったし、頭にはYSのアルファベットが描かれた青いヘルメットをかぶっていたし、マスクやらプロテクターやらレガースやら、キャッチャーの防具一式をその身にまとっていた。そしてその左手にはキャッチャーミットをはめていたし、その顔には頭脳派を象徴するような度の強いメガネを掛けていたし、その背番号は27番……つまり現役時代に強肩強打で鳴らした稀代の名捕手、フルタ・アツヤのそれだった。
「そうだよ、フルタ・アツヤだよ」孝治は勝ち誇ったようにそう告げる。
「だからどうしてフルタ・アツヤの格好を?」麻衣は不安な気持ちでそう尋ねなおす。
「みんな思い思いの格好をするのがハロウィンだろ?」
「だからって……よりによって……フルタをチョイスするって……」
「そういう君こそ、その格好はフルタ・アツヤだろ?」
「ええ……そうよ」そういう麻衣の格好も孝治とまったくといっていいほど同じで、それはつまり紛れもなくフルタ・アツヤだった。街中で向かい合う男女のキャッチャーに、通り過ぎる人たちはときどき興味深そうな視線を投げかけていく。
「奇跡だね」孝治は喜び露にいう。「じゃあ、結婚しようか」
「結婚?」
「そうだろ? 約束じゃないか? ハロウィンで仮装してさ、それで二人が同じ格好だったら結婚しようって言ってたろ? それにまさか本当に同じ格好するなんて、こんなの本当に奇跡だよ。運命としか言いようがない。だってさ、ドラキュラだとかゾンビだとか悪魔だとか、いわば定番の仮装でカブるんならまだありえるけどさ、オレたちはフルタ・アツヤでカブッたんだぜ? しかもオレたちはフルタ・アツヤのファンってわけでもない。なんせ今までオレも君もその名前を出したことすらなかった。つまりお互いにフルタ・アツヤを選ぶ必然性なんかまるでなかったわけだ。でも二人はそれをたまたま選んだ。そしてカブッた。こんなの神様がオレたちに結婚しろって言ってるようなもんさ」孝治は一気に話を進めようとまくしたてる。
「ちょっと待って」麻衣は話を進めさせまいとして言う。「あたしがどうしてフルタ・アツヤの格好をしたかわかる?」
「どうしてって?」
「まずカブることのない格好を選んだのよ。それがどういうことかわかるでしょ?」
「オレと結婚したくなくて……フルタ・アツヤを?」
「あなたのことは好きよ。でも結婚は別でしょ? お金のことは言いたくないけどさ、あなたの経済力じゃ、やっぱり将来不安なのよ」麻衣はサイン交換に手間取るときのキャッチャーのように苛立ち気味に、でも粘り強く話す。
「言いたいことはわかるよ」言いながら孝治は肩を落とす。「俺はいい年してバイトだし、ボーナスもないし。時給が上がってもたかが知れてる。でもさ、なんとかやっていけるんじゃないかって気もしてるんだよ、麻衣となら」孝治は拳でキャッチャーミットをバスンと叩く。思い切って投げてこいとピッチャーを励ましでもするかのように。そして畳み掛けるように続ける。「それにさ、オレは今思ったよ。結婚するべきだって。だって……フルタだぜ? フルタでカブッたなんて奇跡だよ。やっぱり俺たち運命の二人なんだよ」
「二人?」麻衣は首を傾げる。「それはおかしくないかしら?」
「おかしい?」
「だって周りを見て御覧なさいよ。見て見ぬふりはしないで。そこら中にいる人たち、老いも若きも男も女もみんなフルタ・アツヤじゃないの?」
麻衣の言うとおりだった。声を挙げて笑い合う女子大生の群れ、それに声を掛ける男たち、通り過ぎる恋人、子供をつれた若夫婦、居酒屋の呼び込み、テレビの中のアナウンサー、そのすべてが一様にフルタ・アツヤの仮装だった。
「ここまで来るまでもそうだった。家を出てから何度もフルタ・アツヤとすれちがったし、電車では車両をフルタ・アツヤが埋め尽くしていたし、スクランブル交差点ではフルタ・アツヤがスクランブルしてたわ。この分じゃ街中……いえ、ひょっとすると国中がフルタ・アツヤよ」
「それがなんだっていうんだよ?」
「奇跡は奇跡よ、間違いなく。でもあなたが言うのとは別の奇跡よ」
「別の奇跡?」
「なにか……とんでもないことが起こりそうな」
「なんだよ、とんでもないことって?」
「わからないわ、そんなの。でも……誰も想像しないようなことがきっと起こるわ」
誰も想像しないようなことは起こらなかった。ただ誰もが想像するようなことが起こった。街中のフルタ・アツヤは、24時ちょうどに一箇所に吸い寄せられ合体し、一体の巨大なフルタ・アツヤとなった。フルタならざる者達は恐れおののいた。なんせ見上げれば雲を突くようなフルタ・アツヤが聳え立っているのである。それはまさに東京スカイフルタだった。
そして悪いことは重なる。隣国が発射したミサイルが首都圏に向かっているとの速報が流れた。人々はフルタを恐れたが、同時にミサイルも脅威だった。どうすべきかわからぬ人たちはただ神宮の森に中腰でミットを構えるフルタを眺めるばかりだった。
やがてミサイルはフルタの上空に達した。そのミサイルにフルタは急に立ち上がって飛びついた。そしてあたかも盗塁を読んで外角高めに外させたボールをキャッチするように、そのミサイルを左手のミットで受け止めた。そして素早い身のこなしでキャッチしたミサイルを今度は二塁への盗塁を試みた走者を刺そうとするかのようにスローイングした。ものすごい勢いで放たれたそのミサイルは、おそらく日本海をはるかに越えていった……
それは一瞬のことで人々は何が起きているのかわからなかった。ただ一つわかったことはこの国は救われたということ、そしてフルタ・アツヤの出現は神の加護だったということだった。
しかしそうしてもたらされた平和も束の間のことだった。隣国はフルタ・アツヤ対策として、巨大なノムラ・カツヤの開発に着手した。やがてそれがフルタにとって最大の脅威となるのだが、それはまた別の話……

(了)

 

 

 

 

 

 

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