『寝ぐせのラビリンス⑥』山城窓~にゃんマガが世界にほこる山城窓の傑作青春小説

 

 

 

寝ぐせのラビリンス⑥

 

 

 

山城窓

 

 

 

 

 

 気が向いたら本当に行ってみてもいいかもしれない。一瞬だけそう思ったが土曜日の午前はだらだらしているうちに過ぎ、午後も洗濯やら掃除やらに追われているうちに時間が過ぎた。そして気が付くと午後四時を回っている。説明会が終わる筈の時間だ。気が向く暇もなかった。まあ、たぶん時間があったとしても僕は行かなかっただろう。そもそもが面倒臭い。
 何をするにも中途半端な時間だな。そんなことを思いながら鏡の前に立ってみる。遠くから見たらツノのようにも見えかねない寝ぐせを左手で撫でる。段々とこれが僕の本来の姿のようにも思えてきた。この寝ぐせはまるで生まれつきついていたもののようだ。
 しかし、そうではない。たまに寝ぐせが付くことはあったが、僕の本来の姿はそうではなかった筈だ。僕の髪は重力に従い、自然に頭の上に横たわっていた。寝ぐせぐらい気にせずにいることもできるだろうが、やはり僕は本来の姿に戻りたい。それが僕の生命体としての欲求のようだ。
 だが結局どうすればいいのだろう? ユミカの言うとおり、これは自然に任せていても直りそうにない。寝ぐせの里に任せるか? いや、あれはいまいち信用できない。ならどうする? ユミカの言うとおりだとしたら、咲子のことを断ち切れれば僕の寝ぐせは直る。ではどうやって咲子への想いを断ち切る? そもそも僕が咲子を断ち切れないのは、あの時ちゃんと話せなかったからだ。ちゃんと話せなくて何かがずれたまま終わってしまった。だから…ちゃんと話してちゃんとずれを直して終われれば…つまりけりを付けることが出来れば僕は咲子を忘れられるだろう。なら答えは簡単だ。咲子とちゃんと話すのが一番確実な解決方法だ。そういうことになる。でもどうやって咲子と話す? 咲子が働いているという隣町のデパートに会いに行くか? たしか「ラザミ」というところだ。しかし咲子はそこのどこで働いているのだろう? 三階建てで従業員も少なくないあのデパートを全部探していられない。
 携帯電話を手に取る。咲子をラザミで見たという友人の電話番号をディスプレイに確認する。その男に訊けばわかるだろう。しかし……僕はその男とあまり仲が良いとはいえない。はっきり言って仲は悪い。っていうか嫌いだ。できたら話したくない。
 そう思って諦めかけたが、やはり他にいい考えが浮かばない。僕は仕方なくその男に電話を掛ける。……………機械的なアナウンスが耳元で響く。「この電話番号は現在使われておりません」この男のこういう所も嫌いだ。番号が変わったんならその報告ぐらいすればいいじゃないか。まあ、どうやら向こうも僕のことは嫌いだったということだろう。
 どうも僕はこの社会というものと折り合いが悪い。仕事場の西淀さんとも、これからは会うたびに嫌な気持ちになりそうだ。
 なんとなく寝ぐせの里の案内状に目を通す。よくはわからないが、ここは僕のような人間が行くべき場所なんじゃないだろうか? そんなふうにも思えてしまう。
 行き詰まった僕はラジオを聴きながら時間をつぶす。僕は時間をつぶすために生きているのだろうか? そんなことを考えながらうつらうつらと眠り掛ける僕を玄関のブザーが起す。
 なぜか僕はユミカじゃないかと思う。ユミカであればいいと思う。しかしその期待は裏切られる。ドアを開けると、そこには昨日と同じように堂村と榎戸がいる。そりゃユミカがわざわざ僕の家まで来てくれるわけはないよな、と納得する。しかし…この男たちはどうしてまたわざわざ僕の家まで来たんだ?
「こんばんは」と堂村が言う。
「こんばんは」と榎戸が続く。
「こんばんは」と僕も仕方なく返す。
「今日は忙しかったですか?」と堂村が訊く。
「ええ、まあ」と僕は曖昧に答える。
「今は時間ある?」
「今ですか?」
「はい、今です」
「まあ、はい」と僕はこれも曖昧に返してしまった。
「じゃあ、行きましょうか」と堂村が言う。
「は?」
「今から寝ぐせの里に行きましょう」
「ちょっと待ってください」と僕は堂村の強引さを警戒する。しかし……どうしたらいいんだろう? 行ったほうがいいのだろうか? 上手くいけば寝ぐせを直せるかもしれない。しかし……どこか信用できない。
「お願いします」と堂村が頭を下げる。そして堂村に頭を下げさせられた榎戸も「お願いします」と震えた声で続く。
「でも……」と僕は躊躇う。断ったほうがいい気もする。しかし…断ってもこの調子だとずっと付きまとわれるだけじゃないか?
「車で来てるんで、すぐに行けます。帰りもちゃんと送らせてもらいます。よかったらジュースもあげます。カレンダーもあげます。四季折々の季節に合わせた、いろんなタイプの寝ぐせが楽しめるカレンダーで…」
「要りません」と僕は堂村の言葉を遮る。そして訊ねる。「どのくらい掛かりますか?」
「何がですか?」
「その説明会っていうやつですよ」
 堂村は目を輝かせて応える。
「二時間も掛かりませんよ、きっと。正式な説明会はもう終了してるんで、手短にまとめさせてもらいます。そうですね。二十時までには帰ってこれます。来てくれるんですね?」
「まあ」と僕は答えた。堂村の強引さに負けたというよりは榎戸が不憫に思えた。彼はずっと祈るような目で僕を見つめながら身体を震わしている。僕が行かなければ死んでしまうんじゃないか、と思えるぐらいに。

 

 

 

つづく!

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

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