『七夕の風にひるがえるカーテンー②ー』山城窓

七夕の風にひるがえるカーテン
ー②ー

山城窓

 

 

 

 三島江ゆかりの喜び

 

 せっかくの日曜日だってのに……なんか冴えない。ずっとパソコンに向かってゲームなんかしちゃってる。何で私こんなにオセロばっかりやってんだろ? こんなにオセロが好きだったかしら? ちがうちがう。そんなに好きでやってるんじゃないのよ、別に。
 由美子も千春も彼氏ができちゃってから、土日はデートばっかりしてる。いつも一緒に遊んでた私はあぶれてオセロばっかりしている。あの子たちのデートの回数×三〇ぐらい、私はオセロをやっちゃっている。なんかやだやだ、冴えない、冴えない。そう思いながら続けるオセロ。はあ……
 私にはどうして彼氏ができないの? モテないわけでもないのに。本当よ。だってこの間だってデートに誘われたのよ。「今度のお祭り一緒に行こうよ」って。でも「なんで私があなたと一緒に行くの?」って聞き返しただけで、相手が怖気付いちゃって…それっきり。ちょっと聞いてみただけなのに…どうしてそこで引き下がっちゃうわけ? もうわかんないわ、こんなの。
 由美子や千春に紹介してもらうって手もあるけど……もう無理よね。私が余計なこと言っちゃったから。「由美子の彼氏ってフリーターなの? なんか残念ね」とか「千春の彼氏って三十歳? 考えらんないわ!」とか。……別に違うのよ。思わずそういっちゃったけど、別にそんなこと思ってないわよ、私だって。
 だってあの子たちが自慢げに話してくるから。なんか引け目を感じちゃって、気持ちが押しつぶされそうになっちゃって。それを咄嗟に押し返そうとして声を発するけど、「わー!」って叫ぶわけにもいかなくて。だから目の前にある言葉を無理に否定しようとして、そんなこといっちゃったけど……あれは私の気持ちじゃないのよ。どうして私「良かったね」とか「うらやましいなあ~」とかいえなかったんだろ…
 でもね。私だけが悪くって? あの子たちの言い方だって、何かの仕返しみたいな雰囲気なかった? はっきり言って私のほうがかわいいもの。ずっと私のほうがモテてきたもの。その借りを今ここで返すみたいな。そんな言い方じゃなかったかしら。それにしてもなんでみんな男に抱かれたってことをあんなに誇らしげに語るの? 大人ぶっちゃって、こっちを子供扱いして。悔しくもなるわ。私だってそりゃ抱かれたいし…。うん、どうせやるなら早いとこやっちゃいたいし。
 もちろんそんなこと気にするようなことじゃないわ。人それぞれタイミングってものがあるし、人の価値って体験の早い遅いで決まらないし。でも、そういう理屈っていくら正しくても今の私の気持ちを救ってくれないのよ。見えない何かの圧迫から逃れようと思ったら…抱かれるしかないのよ。抱かれないと……由美子や千春に対しての引け目が消えてくれないのよ。こんなの利口じゃないのはわかってる。でも……抱かれたいわね。抱かれればこんなことウダウダ考えなくて済むんだもの。
 駅前辺りうろついてナンパでも待ってみましょうかしら。そして声掛けられて、ついていって、抱かれて………駄目ね。そこまでチャラくはなれないのよね。ってか怖くない? 身元はわかってるほうがいいわよね。
 だから学校の誰かでいいんだけど……ああ、でも同じクラスの子なんかはきついかもね。そりゃ上手くいっているときはいいわよ、でも上手くいかなくなったときなんて…。考えただけで居心地悪いわ。周りも変な目で見るだろうし。
 隣のクラスぐらいがいいかしら? そのぐらいなら駄目になったら駄目になったで、気にならない程度の距離置けるし。視界に入らないだろうし。まあでも念のためもう一つ隣のクラスぐらいがいいのかしら? 隣の隣のクラスの男。どうだろう? あんまり顔も知らないわね、そういえば。まあそのぐらいがいいのよ、きっと。
 私はパソコンから離れ、ベッドに寝そべる。ちょっと休もう。暇つぶしのオセロも結構疲れるものなのよ。そして……無為に時間が過ぎていく。月曜日に休み何してたか聞かれたら何て答えよう。洋裁でもやってたって言おうかしら? なんで暇人だとばれることを隠すために趣味を捏造しようとしているの、私は?
 ピンポーンと呼び鈴がなる。誰? お客さん? 私に? 違うでしょ。誰か出てよって思っても今は私しかいない。今日はお父さんもお母さんも帰りは遅くなるって言ってた。友達の結婚式だって。…いいわよ、出てやるわよ。暇だから。
 インターホンを通して、玄関前の客人の顔を確認する。………見たことがあるような、ないような、記憶とつながりそうでつながりきらない男の顔が見える。受話器をとって、「はい」と声を発して見る。男は落ち着いた口調でカメラに向かってしゃべりだす。
「三島江ゆかりさんいますか?」
「はい?」名前を呼ばれて私はうろたえる。男は続ける。
「同じ学校の二年一組のものです」
 二年一組? 隣の隣のクラスじゃない? 誰? 玄関前の映像を改めて覗き込む。よく見ると男が二人いる。一人は…あいつだ。牧田だ。なんだ牧田かと、少し落ち着いてしまうが…もう一人は…誰だろう?
「わけがあって来ました」と男は言い足す。
「ちょっと待ってください」と丁寧に私は告げて、ドアを開ける。
 小柄な牧田をお供にして、その男は強い眼差しで私を見つめる。そして若い割に色気のある声でいう。
「カーテンを見せてもらえますか?」
「は?」と私が戸惑うと、
「いや、あの、違うんだ」と牧田が口ごもりながら割って入る。「彼は西面真人っていうんだけど…僕と同じクラスでさ。その彼が君と話をしたいんだって。その…彼は君に興味を持ってるらしくて」
「私に?」
「また勝手なことを…」と、西面って人がちょっと困ったような顔で牧田を見る。照れているようにも見えるわ…。そうね、照れてるのね? そういえば、前に牧田がほのめかしてたわ。私のことを気に入っている人がいるんだって。つまり……そういうこと? この西面って人が私を気に入っている人ってこと? この人はどこかで私を見かけて惚れちゃってて。私は小学校から一緒だってことだけで牧田と仲がいいと思われてて。で、彼は牧田を通じてどうにか私に近づこうとしている、っていうそういうこと? そういうことなのね。ただ…「カーテンを見せて」ってのはどういうことかしら?
「部屋へ入れてもらえると助かるんだけど」と西面君は堂々とした口調でいう。なんてストレートな人かしら。でも、そんな…駄目よ。殆ど初対面でいきなり部屋へは上げられないわよ。ものには順序ってものがあるんだからね。もう…ってあれ? 私ちょっと乙女チックになってない? ま、仕方ないわね。だってこの人かっこいいもの、うん。
「部屋は駄目」と私はなるべく優しくいう。引き下がられてもつまんないし。「だから、どこか別の場所で話しましょうよ」
「じゃあ、ここで話そう」と西面君はいう。
「ここ?」玄関で立ち話ってなんかムードがないわね。この人あんまり女性に慣れてないのかしら?「ここじゃなくて、別のどこかに行きましょうよ」
「別のどこか?」
「なんか、最初はやっぱり…映画とか」
「映画?」と西面君はきょとんとする。そんなにおかしなこと言ったかしら? 映画って最初のデートの定番でしょ? 何をそんなに意外そうにしてるの? 
 西面君は牧田と顔を見合わせる。二人とも困ったような顔をしている。でもやがて、西面君が覚悟を決めたような表情で私の目をじっと見つめていう。「わかった。君が望むならそうしよう」

 

 そして私たちは映画館で映画を見る。左隣に西面君。その向こうには牧田…。どうして牧田もついてきてるの? もう役目は終わったんじゃないの? まあいいわ。最初はそのほうが楽かもしれないし。
 実際彼、緊張しているのかもしれない。ここまで来る間もなんかよくわかんないことしか言ってないし。「部屋でしか確かめられないことがある」とかいっちゃってさ。「とりあえず映画を見よう」ってなんかノルマを果たすみたいな言い方だし。映画を見るのは目的ではないって感じ? じゃあ彼の目的って? 私? 私が彼の目的。そうよね。そういうものよね。だから映画なんか何だっていいのよ。だからこんな…あんまり有名ではなさそうな映画を私は今見てるのね。西面君がスタッフだけ確認していかにも適当に選んでくれた、明らかにB級のラブストーリーを。
 どうでもいいと思いつつも、頭の中でストーリーを整理する。後で会話に困らないように。

 

 舞台はお弁当工場。そこそこの規模で…従業員はざっと二〇〇名ほど。
そこで働くサトカとタイジは互いに想い合っている。
でもすれちがいや誤解が重なって、二人はなかなか結ばれない。
最初はサトカに彼氏がいたし。
タイジに彼氏と別れるようにいわれて、せっかく別れたのに、そのことをタイジに伝えられないし。
いつもサトカと一緒にいる麦下って男が、タイジに嫌がらせをしてサトカに近づけないようにするし。
麦下はサトカが彼氏と別れたことをタイジに伝えないし。
もちろん自分がタイジをサトカから遠ざけているってことをサトカに伝えないし。
それでサトカが苛立っているときに、フワコって女が余計なことを言うし。
「タイジはいつも私にところに来て、私を口説いている」ってなことを。
 もちろんサトカは怒る。「私を別れさせておいて、他の女を口説くなんて最低。私を弄んだのね。頭にきた。こうなったら私は麦下とつきあってやる。ざまあみろ!」
 そうしてサトカと麦下は付き合いだして。
タイジは噂でそのことを聞くけど、何も知らないタイジはわけがわからなくて。
タイジはサトカと話し合おうとするけど、サトカはタイジの言葉を一切聞こうとしなくて。
そんな態度にタイジも腹を立てて「なんだ、この女は!」と見切りをつけて。
 やがて麦下はサトカにプロポーズして。
 サトカは焦るように麦下との結婚を決めて。
 でも結婚式の数日前、偶然にタイジはサトカに会って。
 サトカとタイジは何も言葉を交わすことなく結ばれて。
 でもタイジはサトカを奪うわけではなく、それ限りで遠くへ消えて。
 サトカは仕方なくそのまま麦下と結婚する。
 タイジの子供を宿したままで………チャンチャン。

 

 まあ、なんだかんだあるけど、かいつまんでいうとこんな話よね、これ。コメディータッチに仕上げているけど、現実だったら結構シャレにならないんじゃないの? まあでもみんな自業自得かしら。サトカはなんだかバカみたいだし、麦下はすごく卑劣だし、フワコはとにかくいや~な女で。で、タイジは……何を考えているかわからない感じよね。ちょうど、そう、この人…西面君みたいで。何考えているのかいまいちわからないから女は不安になっちゃうのよ。でも…何考えているかわからないからちょっと惹かれたりもしてるんだけど…
 そうして私は感想を一通り頭の中でまとめていたけれど、西面君は映画館を出ると、それにまったく触れずに言い放つ。
「じゃ、君の家へ行こうか」
「もう…、私の部屋へ来て何する気なの?」とちょっと甘えた口調で私は返す。…これじゃまるで私が誘っているみたいじゃない? ほら、牧田が意外そうな顔で見てるわ。そら意外でしょうよ、あなたにはこんな姿見せたことないものね。
「君の部屋のカーテンを見たいんだ」と西面君が続ける。またカーテン? 何なの、そのこだわりは?
「どうしてカーテンを見たいの?」と私は尋ねてみる。
「牧田から聞いたんだけど」西面君は探るような目で私を見据えながら切り出す。「君の部屋のカーテンが光ったことがあるらしいね?」
「ああ」…そういえば前にそんな話を牧田にしたわね。
「俺はそういう不思議なことが好きなんだ。それで一度見てみたいと思ってさ」
「でも…」私は思い出しながら伝える。「カーテンそのものが光ったわけじゃないわよ。だってカーテンが光るわけないし。たぶん外の何かの光よ。何だかわからないけど」
「でもそれを見てみたいんだ。自分の目で確かめたい」
「見ても同じよ。だってカーテンには何の変化もないんだから。だからあれは何かの間違いよ。私のただの錯覚だって」
「そうか…」
 西面君は残念そうに肩を落とす。何か悪いことしちゃったような気がして私も思わずうなだれる。でもすぐに西面君は何かを思いついたように視線を上げて語りだす。
「本当のことをいうとさ、俺は将来インテリアデザイナーになりたいんだ。特に興味があるのがカーテンなんだ。それで参考としていろんな人の部屋のカーテンを見てる。君みたいにセンスの良い人のカーテンをね。そういうことなんだ。だから…いいかな?」
 ……何かしら、この取って付けたような理由は? はは~ん、わかった。この人嘘を付いているのね。本当は私の体が目当てなんでしょうけど、それをあからさまに迫ったら、嫌われちゃうって思って。それでそんなことを言っているのね。そういうものらしいもの、何か適当に口実を設けて、部屋へ誘ったり、部屋へ入ったりするんだってどっかで聞いたわ。だから…さっきのカーテンが光った話なんかもきっと本当はただの口実だったのね。
 嫌じゃないんだけど…でもやっぱり、
「今日は駄目よ。だって私たち今日初めて話したんじゃない。やっぱり何回かデートして、それからでしょ…ねえ?」
「ちなみに」と西面君は表情を崩さずにいう。「何回目なら良いんだ?」
「何回目って……三回目ぐらいかしら」
「何故三回目?」
「え?」何故って……「だってみんなそのぐらいじゃないの。そういうのって…」そうでしょ? 相場って三回目ぐらいでしょ? そのぐらいならはしたないとか思われないでしょ? たしかに…私どうして他の人にどう思われるかをこんなに気にしてるのかしら? でも仕方なくない? 気持ちって形がなくて、水みたいなもので、水の形って容器によって決まるでしょ? 海の形って陸の形によって決まるでしょ? 波ががんばって少しづつは陸も削れるかもしれないけど、それってすぐにできることじゃなし。だから…どうしたって周囲の存在に影響されちゃうわけで……
「世間のことなんか気にするなよ!」と西面君は一段と強い口調で訴える。突然現れた新しい陸が私の海の形を変えていく…「もしもだよ。最初の機会が最高の機会だとしたら、みすみすそれを見逃すなんて馬鹿げているだろ? さっきの映画も見ただろう? タイジもサトカも戸惑ったり躊躇ったりしてるから、結局ちゃんと結ばれなかっただろう? 二人とも愛し合ってるにも関わらず」
 やだ、この人映画の影響受けているのかしら? 結構純粋なのかも。
「でも…」と私が迷っていると、
「よし、わかった」と西面君が続ける。「いったん解散だ。君は家に帰ればいい。俺も帰る。それからそうだな…十九時だ。十九時に君の家へ行く。それが二回目のデートだ。二回目なら『三回目ぐらい』ということにもなるだろう。問題はない」
 こじつけが始まったわ。……でも、なんでかしら。首を横に振れない。
「君は迷っているのかもしれないけど、俺にはもう迷いはないんだ。俺はもっと…君と一緒にいたい。君のことをもっと知りたい」と彼は追い討ちを掛ける。
「ちょっと待って」と牧田が西面君に問い掛ける。「君さっきから三島江を口説こうとしてないか?」
 何言っているのかしら? 口説こうとしてるに決まっているでしょ? わかんないわけ、この坊やは? 西面君の「だって他に方法があるか?」っていう返答はなんかちょっと意味わかんないけどさ…
「いいね?」と西面君が私に澄んだ目で迫る。
「いいけど…」と私は思わず頷く。だって結局この人かっこいいもの。その理由だけで今の私には充分なのよ。それに部屋へ上げるぐらい何よ? ただ部屋に上げるだけじゃない。そこまでは何もやましいこともないわよ、そこまでは…
「よしそれじゃあ…」西面君が牧田に伝える。「君は唐崎の部屋で待機だ。俺はいろいろ試してみるから、変化があったら連絡をくれ」
「唐崎のおばちゃんに一日に二度会うのはきついなあ」とか言いながら二人は連絡先を交換している。話の内容はよくわからないけど、まあ私には関係のないことでしょうね。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

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執筆者紹介

 

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

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