ショート小説「物騒な世の中」

朝、新聞を開くと連続通り魔暴行事件の記事が目に飛び込んできた。
昨日の午後九時頃、公園でジョギング中の男性が突然殴られて全治一ヶ月の重傷を負ったと書いてあった。
「これで四件目だな」
犯行現場は神野市笠井三丁目の運動公園だった。私の家は四丁目。現場のすぐ近くだ。運動公園は会社への行き帰りの時にいつも近くを通っている。
「最近、物騒だからなぁ・・・」
自分で言うのも変な話だが、私は昔から気が弱く、この類の話が苦手だ。

                                  * * *

 会社からの帰り道は、夜になるといつも人通りが少なくなる。今日は私以外誰もいない。辺りが静かなせいか、足音が妙に暗闇に響く。後ろから別の足音が近づいてくるような気がして、つい後ろを振り返ってしまった。
当然、誰もいなかった。
少しホッとしたが、何となく安心しきれず、背中にビクビクッと電気が走った。後ろが気になって仕方ない。
「いつもの帰り道なのに、どうも落ち着かないな」
ぼやきながら前を向き直して、前方に目をやった途端、体が硬直した。
 誰かいる。
街灯に照らされた電柱のあたりに人影が見えた。いる。間違いない。人がいる。男だ。こっちに歩いてくる。目つきがやけに鋭くて、思い詰めたように一点を見つめて視線がゆれない。しかも、その目はこっちを見てるんじゃないか?まともじゃない。ヤバイ。どんどん近づいてくる。どうしよう、どうしよう・・・よかった。何事もなく通り過ぎた。でも、安心させておいて後ろからイキナリ、なんて事はないだろうな。
さっきにも増して後ろが気になって仕方なかった。

                                  * * *

「通い慣れた道が怖いだって?情けないなぁ。お前が見かけた男だって、単に通りかかっただけだよ。危なそうに見えたのはお前の気のせいだって」
いつも豪快な吉村らしい言葉だ。身長は二十センチ、体重は二十キロ近く吉村のほうが大きい。並んでいると大人と子供ほどの差がある。正直言って苦手なタイプだが、私は友達が少ない。殆どいないといっても良い。同じ課では同期入社の吉村くらいしか話し相手がいない。話を聞いてくれるなら誰でもよかった。
「君の家だってこの前の犯行現場の近くだ。他人事じゃないだろう。自分が襲われるかもしれないとか考えないのか?」
「俺は高校まで柔道をやってたし、この体格だからな。近寄っても来ないだろうよ」
吉村は自慢げに自分の二の腕を叩いた。
「仮に襲われたって返り討ちだ。全然心配ない」
私は自分と吉村の腕を見比べてみた。確かに逞しい腕だ。
「何とも、頼もしい話だね」
私は半分あきれながらも一応同調しておいた。「お前も、もうちょっと鍛えるんだな」
その自信は一体どこから湧いてくるんだ?何だよ、優越感丸出しでニヤニヤしやがって。
                                           
                                  * * *

「神野市の連続通り魔暴行事件に新たな展開です」
一週間後、朝のニュースで事件が放送されていた。女性キャスターが硬い表情でニュース原稿を読んでいる。つい数分前、話題のスイーツ特集で紹介されていたケーキを試食していたときの笑顔は何処へいってしまったんだ?
「また新たな犠牲者がでました。被害にあわれたのは市内に住む会社員、吉村英俊さん三十四才。昨夜午後8時頃、帰宅途中に突然襲われ、頭や腹部などを殴られて全治約二ヶ月の重傷とのことです」
そら見ろ。だから言ったんだ。昔がどうだろうと、今は少し体の大きいだけの会社員に過ぎない。急に襲われたらひとたまりもなかったんないじゃないか。そもそも、気の弱い私には、体がでかくてエラそうな顔をしている奴らの傲慢さが我慢出来ない時がある。
「尚、警察は被害の拡大を防ぐ為、目撃者の証言を元に作成した似顔絵の公開を決めました」
画面が切り替わった時、私は思わず「あっ!」と声を上げてしまった。この間、夜道で擦れ違った男が映し出されていたのだ。暗がりで見た為か、あの時と少し印象が違うが、あの鋭い目ははっきりと覚えている。間違いない。やはり、ただの通りすがりの男じゃなかったんだ。
 女性キャスターはまだ喋り続けている。
「当時、周辺を巡回していた笠井署捜査一課の杉浦巡査長が騒ぎに気付き、取り押さえようと駆けつけましたが、犯人は凶器を振り回して抵抗し、杉浦巡査長を負傷させて逃走したとのことです」
全く、警察もあてにならない。何をやっているんだ。この似顔絵にしたって、本当に似ているのか?
まず、凶器を振り回して逃げたなんて嘘だ。私はこれまで全員を素手で殴り倒してきたのだから。体を鍛えていると言っている連中が、本当はどれ程強いのかを試したくてはじめた事だ。凶器なんか使うはずがない。素手の相手に逃げられたなんて発表すると面子が丸つぶれと言う訳か。情けない。しかし、それがあの時の目つきの鋭い男だとは気がつかなかった。そうか、あいつは警官だったのか。でも、もう潮時だな。気の弱い私には、こんな事、長くは続けられない。最後の標的はこいつにしようかな。
 私は目つきの鋭い男—杉浦巡査長だっけ?—の写真と、自分の似顔絵が並んで映し出されているTV画面を眺めながら考えていた。

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