小説『やすちゃん⑥』にゃんく

      

やすちゃん⑥

にゃんく

 

 

 忘れもしない一九九九年、ぼくが二十歳になったとき、やすちゃんが旅にでると言いだした。実際いろんな理屈をつけてぼくは彼を引きとめようとした。けれどやすちゃんの意思はかたかった。
「人の一生はいっかいだけや」とやすちゃんは言った。「自分のしたいことをせんとな」
「どのくらいで帰ってくる?」
 とぼくが訊くと、
「うーん、一年くらいかな」
 とやすちゃんは事も無げに言った。
「そんなに?」
 とぼくが驚いて言うと、
「もっとかもしれへん」
 とやすちゃんは言った。
 当時やすちゃんはタミエさんという二十歳も歳上のおんなとつきあいはじめて半年を過ぎようとしていた。旅行の費用はそのタミエさんが全額賄うということだった。そもそもタミエさんとつきあいだしてから、やすちゃんは生活費から遊興費に至るまで、すべてをタミエさんの庇護のもとに暮らしていた。いちどだけやすちゃんと一緒にいるタミエさんと喫茶店で会って話したことがある。真っ赤な口紅をつけて、髪を耳の横でカールさせた、一昔まえの髪型をしたおんなだった。タミエさんはとにかくやすちゃんといられるだけであたし幸せいっぱいなの、というふうな風情を顔いっぱいに浮かべていた。やすちゃんがどんなに偉そうな態度をとろうとも、湯水のように金を浪費しようとも、タミエさんはますますやすちゃんのことを愛し、献身的になるらしかった。

 

 翌日は何かの用事でお見おくりができないため、旅だちの前日、ぼくはやすちゃんがタミエさんと暮らしている一軒家に自転車に乗って会いに行った。
 やすちゃんは開けはなった二階の窓に腰かけ、誰かと通話中だった。やすちゃんの電話はなかなかおわらなかった。たぶん仲の良い友人の誰かと別れを惜しむ会話をしていたのだ。タミエさんがやすちゃん、やすちゃん、てーちゃんが来てるで、てーちゃんが来てるで、と盛んにやすちゃんに呼びかけはじめたため、やすちゃんはやむなく電話を途中で中断したようだった。
 やすちゃんは二階から下りてきた。わざわざ電話を中断してまで応対にやってきたやすちゃんに、ぼくはうまく話をすることができなかった。実際のところ、たぶんやすちゃんとぼくは十秒も対面しなかっただろう。
 ぼくはことばらしいことばをやすちゃんと交わすこともできないまま、自転車を猛スピードで漕いで彼の家を遠ざかっていた。
 ぼくを呼ぶやすちゃんの声が聞こえていたけれど、ぼくは自転車を漕ぐのをやめなかった。
 ぼくは泣いていたのだ。

 

 ノストラダムスの予言によれば、ぼくが二十歳の頃に世界が滅亡する予定だった。
 やすちゃんとの別れがあり、ノストラダムスの予言のとおり世界が滅亡する。この筋書きは、ぼくにとって自然に受けいれられることのように思えた。
 けれどご存じのように、誰が言い触らしたのか知らないが、なんてことだろう、予言なんて真っ赤な嘘だったのだ。結果的に世界は滅んだりせずに、問題をかかえつつもますます繁栄さえしようとしている。
 そしてやすちゃんだけがいなくなった。
 ぼくは唖然とした。
 そして生きている自分がなんだか夢の国の世界の住人のようだった。
 やすちゃんとの別れがあろうとも、ぼくが想定外の継続された世界で生きようとも、とにかく人生が都合のよい時点で終わってくれないことだけはぼくにもわかった。

 

 道に迷ったとき、どうすればいいのかわからなくなったとき、やすちゃんがいてくれればと何度思ったか知れない。やすちゃんならば、そんなとき明快なこたえを示してくれたり、ぼくを勇気づけたりしてくれたに違いなかった。ぼくに対してそういう役目をはたしてくれるのは、やすちゃんひとりだけだった。他の人では、お話にならなかった。たとえやすちゃんの言うことが間違っていたり、道義的によくないことであったとしても、そういうことは問題ではなかった。やすちゃんさえいれば、ぼくは自分が独りでないと感じることができた。やすちゃんさえいれば、ぼくがそれ以来独りで歩まねばならなくなったせいで苦しんだり、重荷に感じて仕方なかったことを、ほとんどそれと察しさせないくらいまで減じてくれたにちがいなかった。

 

 とにもかくにも、その後やすちゃんのいないなか、病みあがりの病人のように道に迷い時には悩んだりしながらも、ぼくは大学を卒業して現在は東京にあるディスカウントストアの店員として働いている。去年結婚をし、子どもはいないが妻とも仲良く(?)暮らしている。ぼくは三十一歳になった。ときどき担当の売り場から雑貨などを万引きする者がいて手を焼いている。ある意味ぼくが子どものころに手を染めていた行為のしっぺがえしに遭っているわけだけれど、さすがに小学二年生くらいの子どもが万引きをする光景には今のところお目にかかれていない。

 

 旅に出てから一年間は、やすちゃんはぼくに便りを送ってよこしていた。
 北海道の網走監獄の門のまえでタミエさんとふたりで写っている写真を送ってくるときもあれば、チェコのカレル橋で独り風に吹かれていることもあった。そして気がつけば、ジャカルタの透きとおったブルーの海に片足を差しいれているという具合に、やすちゃんは神出鬼没だった。
 タミエはブスだ。とやすちゃんは手紙に書いていた。それに臭い。そして動きも鈍重だ。見ていてイライラしてくるときがある。まるで鈍獣だと思う。金を持っていることしか取り柄がない。そんなおんなが存在していることに、オレはムシズがはしる。そしてその金で生活しているオレという存在にも。
 でもタミエはオレのことを信頼してる。オレもタミエを大切にしたいと思ってる。
 オレはタミエのことをときどき憐れにおもう。
 そんなときタミエは何故かオレの心の奥を見透かしたように、泣いてわたしを捨てないでと懇願する。
 オレはそんなタミエをお袋のような女だと思う。
 という意味のわからない手紙がやすちゃんから届いた。

 

 やすちゃんから便りがこなくなってしまってから、ぼくはやすちゃんの実家に年賀状を送り、やすちゃんの母親がそれに返事をかえすということが何年か続いた。やすちゃん本人からの連絡はまったくなかった。ぼくはその後就職のために東京に出て来たし、携帯電話の番号もかわってしまった。やすちゃんの携帯に電話をかけたけれど、その番号はげんざい使われていませんコールがながれ、やすちゃんの番号もわからなくなってしまった。
 やすちゃんはぼくのことを忘れて気儘で楽しい生活に明け暮れているのだろう。もう会うことはないのだろうと思っていた。

 

 

 

つづく

 

 

 

執筆者紹介

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 

 

 

 

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