『究極の誕生日ー②ー』山城 窓

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究極の誕生日
ー②ー

 

山城 窓

 

 

 次の瞬間二人はまったく違う場所にいる。
「遊園地だ!」と娘は思わず叫ぶ。辺りを見回すと、ジェットコースターや観覧車やフライングカーペットやメリーゴーランドなどの遊具が目に飛び込んでくる。
 夢が叶ったようで娘の顔は思わずほころぶ。が、やはり状況に思考も感情も追いついてなくて、目をぱちくりさせている。
「そうだ、遊園地だ」父はどこかにんまり。
「ここは10年前なの?」
「そう、10年と10カ月ほど前だな」
「何がどうなってるのかさっぱりなんだけど?」
「そりゃそうだろう。オレもそうだ。だがこうなることだけはわかってた。何が起こってるのかもわからないが、ただきっかけとなったフレーズがあるとしたら、それはもしかしたら『タイムマシン』と『遊園地』と『目の前で凌辱』かもしれんな」
「またわけわかんないことを……」
「あっ、ほらあれを見てみろ!」父親が何かを見つけたようで、急に遠くを指さす。
 その方向を目で追うと、カップルと思しき2人の男女が手をつないで歩いている。
「もしかして?」
「そうだ。あれが若い頃の父さんと母さんだ」
「あの女の人が……お母さん?」
「そうだ」
「あれが? 物凄いじゃない?」
「とりあえず後をつけるか?」
「二人は今からどこに行くのかしら?」
「今から観覧車に乗るはずだ」
「じゃあ、ちょっとついていってみましょう。ついでに観覧車にも乗りたいし」
「本当についていくのか? あの二人はこれからあの観覧車でおまえを作るんだぞ?おまえはそれを見たいのか?」
「凄くトラウマになりそうね……」
「でもまあ人生ってそんなもんだぜ。積み重ねてきたものはいつも、見えないところから崩れはじめるんだ」
「だからどうだって言うの?」
「しっかりと目を凝らして見るんだ。観覧車の中で若い頃のお父さんが繰り広げるアブノーマルでほろ苦い活劇をその眼に焼き付けるんだ。いいな?」
「ねえ、それで私精神的にズタズタにならない?」
「心配するな。おまえのアイデンティティが崩壊していくさまをお父さんがしっかりと見届けてやるからな」
「ちょっと遠慮したいんだけど?」
「甘えるんじゃない! いいか? あのお父さんとお母さんの織り成すタペストリーがやがておまえと言う素敵な黄色人種へと劇的に変化していくんだぞ! そう思えばとても素晴らしく、そして誇らしいことじゃないか?」
「変に美化しないでよ! 私やっぱり自分の親の交わってるところなんか見たくない」
「ところがそうは行かないんだよな」
「どういうこと?」
「お父さんはあの頃からこうなることを知っていたんだ」
「え?」
「今でもあの時のことは昨日のことのように覚えてるよ。観覧車でお母さんを陵辱してる時に隣のゴンドラでおまえがこっちを見ていたのをね」
「嘘でしょ……」
「それを見て俺は興奮して射精した。もしあの時おまえがいなかったら俺はそうではなかった筈だ。もう止めようかと思ってたぐらいだしな。これが何を意味するかわかるだろ?」
「まさか? 私がそれを見ていないと……私はここに存在しない?」
「その通りだ」
「そんな……冗談……まさか?」
「本当だぞ。見てもらえれば解るだろうが母さんは奇想天外に醜い女だった。今となっては女だったかどうかさえ怪しいぐらいだ。そんな母さん相手に俺が昇天するにはよほど特殊な状況が必要だった。分かるだろう?『生まれる前の我が娘にその健全ならざる痴態を見られながら』という状況は打ってつけだった」
「でも……いやよ。そんなのいや!」
「じゃあ何か? おまえはあの若い父さんが昇天するほどの特殊な状況を代わりに作れるとでも言うのか?」
「それは……」
「出来ないだろう? 大人しく言う通りにするんだ。良く考えるんだ。自分が存在するために自分の原点に着目する。とても大事なことじゃないか?」
「もっともらしいこと言わないで! 何が嫌ってお父さん達が欲情するのが嫌なのよ!」
「つべこべ言わずについてこい!」
「離して!」
 父親は離さない。娘も迷いがあるからか、その手を振りほどけず、父親に引かれるまま、観覧車のゴンドラに乗り込む。若き日の父親と母親が乗った、その次のゴンドラに。
「さあ、あとはおまえがあのゴンドラの中の二人を見つめていればいいんだ」
「いやよ、絶対に」娘は首を振り、そして若い二人のゴンドラに背を向ける。
「どうしておまえはお父さんの言うことを聞けないんだ?」
「だって話が違うじゃない。お父さんなんてウジ虫野郎だ!」
「何を言っているんだ。ちゃんと約束通り遊園地に連れてきてやったじゃないか?」
「こんなの楽しくないもん! それどころか著しく不快だもん! 度の過ぎたセクハラを時空を越えて繰り出すなんてあんまりだよ! 業が深すぎるよ!」
「なんとでも言え。どのみちおまえは両親の性交を視線によって援助する以外に生きる道なんかないんだ」
 そういって父親は窓の外に目をやる。その視線の先を追ってみると、富士山が見える。美しい富士を見つめる穢れた眼。吐き気を催しながらも、娘は必死に考える。存在する術を……自らをこの世に生み出す新しい方法を。
 しかし時は待ってはくれない。観覧車はゆっくりとだが確実に天頂へ近づく。
「あっ、ほら見ろ、もう始めてるみたいだぞ。父さんはすでに母さんの後ろからスカートをたくしあげてる」
 父親は身を乗り出して、隣のゴンドラで始まったアブノーマルな活劇に見入っている。そんな父親を横目に、娘は必死に思考をめぐらす。いったいどうすれば若かりし父親を射精に導ける? それもゴンドラごしに。ダメだ。どんな方法も思いつかない。小学生の性の知識など所詮はままごとのようなもの。いざ実戦で有効な手段を生み出すための、その土台とはなりえない。いや、そもそもどれだけの知識や経験を持っていたとしても、遠隔で射精をコントロールなんてできるものじゃない。視線だけでそれをなしえることができるほうが奇跡なのだ。
 どうする? そろそろ父親は性交を止めてしまうのではないだろうか? そのタイミングもわからない。今のところ自分に変化はないから今のところ性交は続いているのだろう。いや、待てよ、そもそもだ。本当に私が見てないと、その性交は成功しないのだろうか? それだって実のところわからない。それに今受精が完了できなかったとしても後々にその機会はあるんじゃないだろうか? いや、ダメだ、この考え方は危険だ。いわばギャンブルだ。そりゃその可能性はあるかもしれないが、ないかもしれないのだ。そしてなかったならその時点で私は命を得られないのだ。命のかかることでのギャンブルなんかするもんじゃない。確実な方法を選ばねばならない。
 しかし、待てよ。私はすでに存在している。ここで母親の受精を果たせなかったとしても、それで本当に未来が変わるのだろうか? タイムスリップものではそうなったりするが、あれはもちろんフィクションであり、理屈の上でのことでしかない。
 パレレルワールドという別の世界が生まれる説もあるけど、あれもやはり同様に理屈の上のことでしかない。タイムトラベルが生み出す矛盾に説明を付けるために生じた概念であって、実際そうなるって考えることに無理がある。つまり実のところどうなるかわからないのだ。それは誰にもわからないし、ことによれば神にだってわからない。このままうずくまっていたら、何ごともなくやり過ごせたりするかも……そうだ、実際のところ人間が急に消滅したりするものだろうか? 観覧車は頂点を通り越して、下降に向かいつつあるけど、今のところ消滅の気配なんかないし、やっぱり……
 
 娘は消滅した。観覧車ではゴンドラ越しに父親たちが苦笑いで視線を交わしている。思念だけがその場をたゆたった。見たくない物から目を背けていたら、この世で生きていくこともできないという思念……

 

(了)

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。
第86回文学界新人賞最終候補
第41回文藝賞最終候補
第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補
メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出
小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

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