小説レビュー『博士の愛した数式』小川洋子


博士の愛した数式 (新潮文庫)

 

 

  小川洋子の作品は時に読者を地図のない航海に引きずり出す。登場人物たちをここまでやっていいのかというくらいの状況に追い込む。だから感動的でありながら、ハラハラドキドキの展開もある作品に仕上がっている。例えば、物語の中盤で、家政婦が首にされ、博士と家政婦母子が離れ離れになってしまうところなど。こんなところで離れ離れにさせて、どうやって再会させるのか、読んでいるこちらが心配してしまう。

 

 数学×文学。

 文学と数学は一見相容れないように見えますが、この小説の柱は、まさに数学です。

 先日、NHKで、今、数学を勉強し直す人が増えている、という特集をやっていました。この小説はそのブームの火付け役だったようです。

 そのテレビを見たから読んだというわけではありませんが。

 ずっと昔に買って、まだ読んでいなかったのです。

 参考文献も、小川さんはたくさん読まれています。

 文学は、さまざまなジャンルを貪欲に飲む込んできた、と島田雅彦さんも言っています。数学でもいいし、音楽でもいい。それを文学は貪欲に飲み込んで昇華させてくれるのだから、何かに精通することって大切です。

 さて、オイラーの公式が出てきます。

 この公式は非常に重要です。

 未亡人から家政婦の私が博士の元を首にされた後、未亡人、博士、私、ルートの4人が集まり、私と未亡人が言い争いのようなことをするシーンがあります。

 その言い争いを黙って聞いていた博士は、「子供を苛めるのはいかん。」

と一言いって、メモにオイラーの公式(ここには、数式を表示できないので書きませんが)を書いて、席を立ちます。

 未亡人は私と言い争いするのをやめ、その公式を見つめます。

 その後、首になった私は、未亡人に呼び戻され、再び博士の家政婦に戻ります。

 オイラーの公式が、私とルートを博士の元に戻す重要な役割を演じているにもかかわらず、オイラーの公式自体がどういう意味なのか、小説内では明らかにされていません。

 読者が頭をつかってどういう意味か考える小説というのは、優れた小説ですが、

次の記事で、私なりの発見を書きたいと思います。

 

オイラーの公式について、調べてみると、要は、「それまで関係がないと思われていた3つの数が、単純な解を導き出すことを表した」式であり、数学者らはこれを「人類の至宝」と言っているようです。(私は、高校の数学は0点をとったことがあるので、これ以上、詳しいことは言えませんが。)

 「3つ」というのが、博士と、私と、ルートをあらわしている、と読みました。

 言い争いをするシーンで、未亡人が、博士には一人も友人がいない。訪ねてくる友人だって一人もいないんだ。だから、家政婦の私が言うように、博士とルートが友人だなんてことは絶対ありえない、という意味のことを言います。

 それに対して、博士がメモ書きに残したのが、このオイラーの公式。人類の至宝です。

 要は、博士とルートと家政婦は、本来、バラバラで結びつくことのなかった三人だが、実際は血のつながった家族よりも、深い結びつきで繋がっている、という博士の暗黙の抗議のようなものだったのではないか。それをオイラーの公式で書いてみせたのではないか。

 それが私の読みです。

 題の『博士の愛した数式』というのは、オイラーの公式のことだと思いますが、オイラーの公式が博士とルートと家政婦の関係を表しているのだとすれば、博士が愛しているというのは、この三人の関係のことですね。

『博士の愛した数式』・・・☆☆☆96点☆☆☆

 

〈あらすじ〉

家政婦の私は博士の元に派遣される。博士はかなり風変わりな「客」で、何十年か前に遭った交通事故のせいで、彼の脳味噌は壊れ、八十分間しか記憶がもたない。交通事故より前の記憶はあるが、それ以降となると、80分しか記憶がもたないのだ。だから、家政婦が次の日来たら、もう博士は彼女のことを忘れている。
家政婦の「私」は、元大学の数学研究所の教授をやっていたという風変わりな博士にはじめは戸惑ってしまう。が、博士の提案で、息子を連れて来て良いということになり、家政婦母子と博士は夕食を一緒に食べたり、野球観戦に出掛けたりするようになる。

 途中、博士の保護者のような役割を担っている、近くの母屋に住んでいる未亡人(博士の亡き兄の嫁)が、家政婦にクレームをつけ、私は博士の家政婦を首になったりするが、博士の記憶が一分ももたなくなり、彼が専門の病院に入院することになる日まで、また博士の家政婦としてカムバックできることになる。

 博士が入院し、家政婦が不要になっても、私と息子は博士の元に時々会いに行き、息子が誕生日に博士からもらったグローブで彼とキャッチボールをしたり、以前のように、数学の神秘的で美しい講釈を聞いたりする。

 

 

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