『寝ぐせのラビリンス⑮』山城窓~堂々のフィナーレ!

 

 

 

寝ぐせのラビリンス⑮

 

 

 

 

山城窓

 

 

屋上駐車場からまた螺旋の通路へと進み少しづつ降下した。ぐるぐると廻ることで、頭の中でもつれていたものが解けていくようだった。そして帰りの車中は心地よい空気で満ちた。何かをやり遂げたという達成感。迷宮から抜け出たような開放感。そして久方振りに感じる希望。そう、今までずっとずれていたものが修正されることで何もかもが上手くいくような気さえしてきた。疲労感もあるけど、今はその疲労感も心地よい。心地よさに任せてこのまま眠ってしまえばもっと幸せな気持ちになれるかもしれない。でも眠りたくもない。眠りたくないと思わせてるのは傍らで運転しているユミカだ。僕はユミカに救われたような気がする。そして恐らくそれは真実だ。どんな形であれ僕はユミカに救われたんだ。
「ありがとう」と僕は口に出した。
「何が?」
「寝ぐせを直してくれて」
「別に…あなたが頑張ったからよ。寝ぐせが直ったのは」
「でも君がいなかったら僕はずっと寝ぐせを付けたままだったと思う」
「私はあなたが寝ぐせを直すきっかけを作っただけよ」
「いや、それだけじゃないよ」僕は確信を持って言った。「君がいたから、僕は咲子への未練を断ち切れたんだと思う。僕の気持ちが君に向かったから、咲子のことを吹っ切れたんだ」
「そう」ユミカはハンドルを握りながら前方を凝視する。僕はその横顔を見つめる。ほんのりとその頬が赤らむのがわかる。それを隠そうとして彼女は目を逸らす。かわいい仕草だ。しばらくこのままでいたい。そう思うが車はやがて僕のアパートを見つけた。そしてユミカはその前に車を停車させた。夜の闇が少しだけ僕の勇気を膨らませた。
「君とならいろんなことを上手くやっていける気がするな」と僕はいつになく堂々と言った。
「ありがと」と微笑みながらユミカは答えた。「そんなこと初めて言われたわ」
「ねえ」ユミカの反応が良かったので僕は続けた。「ちょっと寄ってかない? お茶ぐらい出すよ。お茶が嫌なら何か買ってくるし」
「私今日誕生日なのよ」
「誕生日? それならケーキも買ってくるよ!」
「そうじゃなくて…誕生日の夜ぐらいは彼氏と過ごしたいじゃない?」
「彼氏って?」
「交際している男性のことよ」
「それはわかってるけど………君、彼氏いるの?」
「いるけど?」
 肩を落とす僕をユミカは不思議そうに見ている。僕は思わず目を逸らす。そりゃ僕がユミカに勝手に何かを期待していたのが間違いなんだろうけど、ただ…
「それならそうともっと早く言って欲しかった…」
「知ってると思ってたわ。だって会社の人はみんな知ってるわよ」
「僕は会社の人とそんな話してないからね…」
「そうなの?」
「そうだよ」と僕は投げやりに言った。ユミカからしたら僕はそもそも男としては見られていなかったわけか。
「一つ訊いていいかな?」平静を装いながら僕は、静かに湧き上がってきた疑念を彼女にぶつけてみた。
「何?」
「君は僕を助けるために寝ぐせが付く呪いを掛けたって言ってたけどさ、やっぱり本当はただの好奇心で呪いを掛けたんじゃないか?」
 僕がそう尋ねると、ユミカは悪戯がばれた子供のようにはにかんで答えた。
「だって寝ぐせが付く呪いの掛け方なんか聞いたら試してみたくなるじゃない?」
この答え方は……どうやら本当にただの好奇心だったようだ。
「何にしても良かったわ。寝ぐせが直って」僕の表情から何かを感じたのか取り繕うように彼女は続けた。「私も勝手に呪いを掛けちゃって悪いような気がしてたのよ。だから…直って良かった」
 つまり…今日こうして付き合ってくれたのも、ただの「罪滅ぼし」だったということか。
「それじゃそろそろ行くわね。時間に遅れたら西淀さん怒るし」
「西淀さん? 西淀さんって?」
「西淀さんよ」
「君、もしかして西淀さんと付き合ってるの?」
「そうだけど?」
「じゃ、帰るね」と言って僕は車を降りた。もう何も聞きたくなかった。「お疲れ様」と朗らかにいうユミカの目を見れなかった。振り返らずに僕はすぐに自分の部屋に戻った。
うがいをして手を洗った。ウーロン茶をがぶ飲みした。横になった。あんなマニアックな男のどこがいいんだ? そんなふうに何かを恨んだ。テレビでも見ようかと思ったが、立ち上がる気がしなかった。このまま横になってたら、また寝ぐせが付くかもしれない。そう思ったが、やはり気力が失われている。「あなたは寝ぐせから逃れられませんよ」と榎戸の言葉が脳裏で蠢く。そうかもしれない。でも…たかが寝ぐせだ。何度でも直してやる。直らなかったら……寝ぐせの里に行けばいい。あそこもそれほど悪くなさそうだ。

 

(了)

 

 

 

 

 

『寝ぐせのラビリンス①』山城窓~にゃんマガが世界にほこるプロ級作家があたためてきた青春小説!

寝ぐせのラビリンス①     山城窓      のびのびと降り注ぐ陽射 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス②』山城窓

寝ぐせのラビリンス② 山城窓       あれから三年が過ぎたというのに、僕はま […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス③』山城窓

☆ ☆ 寝ぐせのラビリンス③ ☆ ☆ 山城窓      帰りしなにスーパーに立ち寄った。適 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス④』山城窓

☆ ☆ 寝ぐせのラビリンス④ ☆ ☆ 山城窓 ☆ ☆   「失恋でしょ?」とユミカが見越したように言 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑤』山城窓

    寝ぐせのラビリンス⑤ 山城窓       &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑥』山城窓~にゃんマガが世界にほこる山城窓の傑作青春小説

      寝ぐせのラビリンス⑥       山城 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑦』山城窓

    寝ぐせのラビリンス⑦       山城窓 &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑧』山城窓

    寝ぐせのラビリンス⑧     山城窓   &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑨』山城窓

      寝ぐせのラビリンス⑨     山城窓 &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑩』山城窓

      寝ぐせのラビリンス⑩       山城 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑪』山城窓

    寝ぐせのラビリンス⑩       山城窓 &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑫』山城窓

      寝ぐせのラビリンス⑫     山城窓 &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑬』山城窓

      寝ぐせのラビリンス⑬   山城窓   &nbsp […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑭』山城窓

      寝ぐせのラビリンス⑭       山城 […]

コメントなし

『寝ぐせのラビリンス⑮』山城窓~堂々のフィナーレ!

      寝ぐせのラビリンス⑮       &n […]

コメントなし

 

 

 

 

 

 

作者紹介

山城窓[L]

山城窓

1978年、大阪出身。男性。

第86回文学界新人賞最終候補

第41回文藝賞最終候補

第2回ダ・ヴィンチ文学賞最終候補

メフィスト賞の誌上座談会(メフィスト2009.VOL3)で応募作品が取り上げられる。
R-1ぐらんぷり2010 2回戦進出

小説作品に、『鏡痛の友人』『変性の”ハバエさん”』などがあります。

 

 

 

 

 

 

↓「like」ボタンのクリックお願いしますm(_ _)m

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です