小説『777』ー②ー にゃんく

 

777

 

ー②ー

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 みっくんがスロットのレバーを叩いたのは、それから二日後だった。けれどもその一日で七万円が消えてしまった。朝から夕方まで打ち続けたのに、どういうわけか、一回しか当たらなかった。しかも一連しかしない(連チャンしない)。みっくんが選んだのは右隅の台だった。左隣の台は時々人がやって来て打つ程度だったが、それでも時々バトルボーナスをだしているのに、ずっと打ちつづけているみっくんの台がまったく当たらないのだ。それまでつぎ込んだ大量のメダルが、突然吐き出されるような大当たりがやって来るのではないかという期待が、みっくんをずっとマシンに向かわせていた。持ち金の四万円を使いきり、どうしようか頭を捻った。ここでやめれば、一方的な大損である。次の瞬間、みっくんの掛けているこの席を奪った誰かが、みっくんのつぎ込んだメダルを掻っ攫っていくあの悪夢が繰り返されるだろう。やはり縋るところは、消費者金融しかないとみっくんは思った。大丈夫。すぐ取り戻せる。みっくんは店を出て周囲を見廻す。大通り沿いに、まるで待ち構えているかのように、消費者金融の店は至近距離にあった。狭い階段をのぼると、警備員が仁王立ちしていて、彼がソファまでみっくんを案内する。

 

「少々お待ちください」

 

 丁重に扱われ、みっくんは自分が偉くなった気がする。他に客はいない。待っているあいだに、名前や職業欄、借りたい金額などを記載する用紙にボールペンを走らせる。書き終わった頃、呼び出され、衝立のあるブースの中に坐らされる。スーツを着た三十代の係員に、

 

「ご来店ありがとうございます」

 

 と辞儀をされ、名刺をわたされる。「南様は、当店のご利用は、はじめてでいらっしゃいますか?」

 

 頷くと、金を借りるためには身分証が必要だというので、そんなことならお安いご用とばかりに、財布から免許証を差し出すと、にこやかに微笑まれ、スーツの男が作成した借用書にみっくんがサインすると、簡単に金を貸してくれた。借りた金、五十万を財布の中に差し入れ、警備員が丁寧にお辞儀する脇を急ぎ足で通りすぎ、みっくんはキープしていた台に戻った。残り時間五分であった。セーフ。間にあった。店員を呼び出して台の画面に挟んでいた休憩中のプレートを取り除いてもらう。五十万あれば余裕だろう。少なくも、つぎ込んだ四万円は取り戻せる。いつもそうだった。今、この台は「吸収している」のだ。何かをきっかけにして、その「吸収」が、「吐き出し」に変わるだろう。その瞬間はほどなくやってくるに違いない。

 けれど、いつまで打っても、大当たりはやって来ない。液晶も大当たりしそうな演出が続く割には、全く当たらない。ジャギが登場し、やっとバトルボーナスかと胸を撫で下ろしていると、ジャギが張り手のような奇妙な技をだしてくる。大丈夫だ。ジャギは極めて弱い。そんな攻撃にやられるはずがないと思っていると、そのまさか、ケンシロウが斃され、何事も起こらない。馬鹿げている。愚弄。機械に愚弄されている気がする。マシンが壊れているのではないか。或いは、以前みっくんに、「そんなことが言える立場なのか」と嘯いたあの責任者らしい男がモニターでみっくんのことを監視していて、遠隔操作でこの台だけ出さないように操作しているのではないか。しかし五秒後に、いくら何でもそれは考えすぎだと、みっくんは思い直す。そんなインチキ、まかり通るわけないから。気づけば昼飯と夕飯を食べそこねている。二十二時だ。手が真っ黒になっている。頭のなかに、スロット台から鳴り響く、やかましい音響が歪んだ音で駆け廻っている。みっくんはダッフルコートを羽織り、立ち去り間際に、悔しまぎれにマシンのメダル投入口付近をどしんと拳で殴る。この衝撃で、今までみっくんがつぎ込んだ七万円、三千五百枚ものメダルが一気に吐き出される気がした。しかしマシンはいつまでも岩のように黙っているばかりだ。ひとつ席をあけた左に坐っているおとこが、ちらっとみっくんの様子を窺った。みっくんは肩をおとし家路に就く。

 それからしばらく負けの日が続いた。大当たりを引くまでは、そんなに悪くないのだ。でも、大当たりの液晶の演出がまだ続くはずなのに、途中でブツリと断ち切られるように終わったりする。それ以後は、大当たりを全く引かない。苦労して大当たりを引いても、たったの一ゲームでケンシロウがラオウに倒されてしまう。ひ弱なケンシロウ。あり得ない。リンが「ケーン!」と悲鳴をあげてくれれば、大当たり継続なのに、どうしたわけか、こういうときに限ってリンもユリアも全く顔をださない。

 

 「内緒」を実行してもらうために、消費者金融で借りた金を持ってミミラに会うが、約束どおりラストまでいたにもかかわらず、ミミラは夜食のラーメンを半分も食べないうちに突然、ほんとか嘘か知らないが、「お腹がいたい。今日、おんなの子の日なの。ごめんね」と言ってすぐに家に帰って行ってしまった。

 

 また日をあけて、ミミラと会う。今度は大丈夫だろう。けれども同伴出勤したらしたらで、ペットの犬をねだったり、洋服を欲しがったりするばかりで、それらを購入してあげてもまるで忘れ果ててしまったかのように約束の「内緒」を実行してくれない。みっくんは、金がないにもかかわらず、というより、金がないからこそそうと悟らせたくなくて、痩せ我慢の顔つきで、消費者金融から借りた金でほしがるままに買い与えてしまう。ここまでくると、キスのひとつくらいほしくなる。

 

 そういうわけでみっくんが何度かねだってみると、ミミラはしょうがないわねというふうに、

 

「じゃあ眼つぶってて」と言った。「いいことしてあげる」

 

 言われたとおりにしばらくしてから眼をあけると、三メートル離れたところで唇にあてた掌をみっくんに差し出すようにしている。

 

 みっくんが、

「何それ?」

 

 というと、

 

「エアーキス」

 

 とミミラは言った。

 

「あたしを体感して」

 

 手の届かない場所にミミラが立っている。ぴったりした黒色革ジャンに身をつつんでいる。タイトだからこそ、スタイルのいい躯が強調されている。頑丈な衣服にガードされて、けれども生身のミミラをうまく想像できない。実際に手に触れてみないと、その神々しいまでの官能は味わえそうにない。

 みっくんはミミラを何より好きだったし、ミミラはしつこくされるのが嫌いだ。だからそれ以上何も言えない。

 

「みんな、ホテル行こう、行こうって、そればっか」

 

 以前、ミミラはほんとうに嫌そうな顔をしてそう言った。

 

「行ったの、ホテル?」

 とみっくんが訊くと、

 

「やだ。行くわけないじゃない」とミミラが応えた。みっくんはほっとすると同時に、危ういものを感じもする。「みっくん、あたしのこと、そういう女だと思っているの?」

 

 みっくんは首をふる。

 歌舞伎町の夜の路上には今宵も寒風が吹きすさぶ。

 ミミラに焦らされた夜。みっくんは同じ通り上にある、セクキャバ店に向かっていた。

 何度か来店したことがあった勝って知ったる店である。二階の扉の前で、案内の二十代後半の色の黒い男が、

 

「はじめてですか?」

 

 と問いかける。みっくんは「はい」と答える。はじめてであれば、指名料がタダになるのを知っているからである。みっくんは、待ちきれずに、壁に貼られた、ミラクル美女と銘打たれた写真の中から、ひとりを選ぼうとする。

 

「何故それを知っているんですか?」

 

 と案内の男に問いかけられ、みっくんは絶句する。「壁に貼ってあるから」とみっくんは答えるが、もう遅い。「はじめて」でないことを見破られた。色の黒い岩石みたいに頑固な男が、みっくんに指名料を負けられないことを告げてくる。みっくんは、見破られたにもかかわらず、まだしつこく初来店であることを主張してみるが、案内の男は譲歩しない。みっくんはその店からプリプリしながら去って行く。もう二度と来てやるもんかと心の中で毒づきながら。

 京王線にのり、K駅で降りると、みっくんはTUTAYAに足をはこぶ。そこで脇目もふらず二階にあがり、暖簾をくぐってAVコーナーに突入する。寮から歩いて十五分ほどの距離にあるが、知った顔はいない。みっくんの憩いの場所だ。AVコーナーには、五、六人の客がいて、皆レンタル商品のおさまった棚の方を向いて立っていて、お互いの顔を見ないようにしている。若い客が多いが、頭の禿げたようなおじさんもけっこう借りに来ていることが多い。ビデオ店というのは、AVによる収入に頼っているのだろうなと思わせるくらい、客の密度がこのエリアだけ高い。DVDが入っているケースの表面のパッケージだけでは、その「女優」の質がわからないから、必ず裏面もチェックして、かわいいのかどうかを確認する。おもて面の大写しでは実際よりもかわいく撮られているというのが実情で、ビデオを見てみるとかわいさが二割増しにされているということが分かることがよくある。けれども選んでいる時間がみっくんには何より楽しい濃密な時間である。新作を借りると高いから、ケチって旧作を選ぶ。

 

 門限の十二時ぎりぎりに寮に辿り着くと、見廻りにやって来ていた係長とばったり出くわし、鬼の首でも取ったように、遅刻だときつく叱られた。腕時計を見ると、三分過ぎていた。若い、まだ三十代くらいの係長だった。階級が警部補だとわかったのは、何ほどのこともない、寮巡視に来るのがいつも係長だから。たまに警部も来るが、この若さで警部はないだろう。そしてたぶん内勤だろう。交番で勤務しているみっくんとは係も違うし、喋ったこともなかった。顔を見たことさえ初めてであった。いつ転勤してきたのだろう。自分だって、何年か前には、寮員だったのだろうに。三分ぐらいで、何をそんな剣幕で怒っているのか。何様なのか。みっくんは上っ面では謝りながら、腹の底では若い係長を、「いつか見返してやる」くらいに思ってかろうじて溜飲を下げていた。

 

 みっくんは自室に戻ると、テレビにヘッドホンを繋いで、借りてきたAVを見た。

 

 かわいくなかった。ミミラの足許にも及ばなかった。

 だからみっくんは途中からミミラのことを想像しながら抜いた。

 

 むなしさだけが残った。白濁した体液がテッシュからはみ出していた。この悪臭を放つ物質が、自分を突き動かしていた張本人だと思うと、馬鹿馬鹿しい気持ちすらした。しかし再びこの物質に満たされると、みっくんは歌舞伎町を徘徊せずにはいられないだろう。いくら抜いてもこの物質はすぐに溢れてくる。抜いても抜いても溢れてくる。やがてトイレに流したそれは、世界中の海に拡散し、みっくんの分身で覆い尽くすだろう。世界を焦土に変えるまで。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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執筆者紹介

にゃんく

 

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 

 

 

 

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