小説『777』ー⑤ー にゃんく

777

ー⑤ー

 

 

 

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 四月は三回カケル君に店で会えた。

 

 カケル君が台を「あっためて」、みっくんがあったまった台を打ってメダルを殖やした。常勝将軍だった。大当たりが終わってからも、カケル君が「子供」の状態を見て、まだ「あったまっている」のであればそのまま打ち続け、「冷えた」というのなら、その日はそれで店じまいにしたから、このコンビには負けるということがなかった。

 獲得したメダルをふたりは山分けした。四月はひとり十五万円ほどの分け前に与った。

 その金で、みっくんは四月の給料とその他手持ちの金と合わせ、消費者金融から借りていた利息と五十万を返済した。

 

 五月のあたまにも、その調子でふたりは大勝した。下旬になり、みっくんはそれまでよりもっと稼ぎを増やすため、カケル君に遊技時間をこれまでより長くすることと、「子供」の状態を占う回数を増やしてくれるよう提案した。それまでカケル君は、一日一回、「ひとりの子供」の状態しか診ていなかった。それを数台に増やすことで、みっくんは利益の大幅アップを図ったのだった。

 

 カケル君はみっくんの提案に嫌な顔をした。カケル君は何故か、自らの不思議な能力を、必要以上に使うことを怖れているみたいだった。

 それでもカケル君は、それまで一台しか「子供」の声を聞かなかったけれど、それを二台に増やした。そうすることにより、みっくんが企んだように、ギャンブルによる利益はそれまでの倍以上に膨れあがった。

 もちろんみっくんは上機嫌だった。けれど、カケル君は勝ち幅が飛躍的に増えるに従い、楽しまない顔つきをすることが多くなった。カケル君は顔色も悪くなり、無口になった。煙草を吸う本数が増えた。みっくんが喋りかけても、上の空で、返答がかえってこないことが多くなった。みっくんには、カケル君が不機嫌な理由がのみ込めなかった。

 ある時、カケル君が何か言った。みっくんは周囲の大音響のせいもあり、聞き取れなかったから、カケル君の口許に耳を寄せた。

 

「……そんなにお金を儲けて、どうしようって言うの?」カケル君はそう言った。「生きていくのに、必要な分だけ、お裾分けしてもらえばいいのにさ」

 みっくんはカケル君の耳に口を近づけた。

 

「何言ってんの。もっともっとカケル君には、働いてもらわないと」

 

 みっくんはカケル君の顔に視線を当てた。カケル君は、眉根を寄せ、自分が嫌っているゴキブリか何かのように、みっくんから少し軀を離して坐っていた。

 

 六月になると、必勝の方程式にも影がさしはじめた。それまでのように、カケル君が台をあっためる試みをするのは同じだったが、二時間経っても三時間経っても、カケル君が台を「あっため終わる」ことがなくなったのである。

「もう、大丈夫かな?」

 

 痺れを切らしたみっくんがカケル君に何度か問いかけると、カケル君は、曖昧に頷く。みっくんはカケル君のゴーサインが出たと判断し、その台で打ちはじめるが、大当たりをなかなか引かないし、やっとバトルボーナスに突入したと思っても、ケンシロウは腰くだけのようにへなへなと一ラウンドで倒れてしまう。

 百戦百勝状態であったのに、急に負けはじめて、みっくんは訊ねた。

「調子でも悪いんですか?」

 

 カケル君は首をふった。

 

「勝ちすぎるのも良くないよ」とカケル君は言った。「もっともっといい思いをしたいと思う気持ちには、際限がないから」

 

 みっくんには、カケル君が真面目にスロットを打っているようには思えなかった。カケル君には勝てる力があるのに、わざとそれを出し惜しみしているようなところが見受けられた。みっくんには、そんなカケル君が理解できなかった。意地悪をしているようにしか思えなかった。

 

 カケル君はみっくんから借りたメダルで三十分ほど面白くなさそうにレバーを叩いていた。カケル君はその日、もう手持ちの金を使い果たしていたので、無一文だったのだ。

「帰る」

 

 突然何を思ったか、カケル君は憤然としてそう言い放つと、後も見ず帰って行ってしまった。

 

「ちょっと、カケル君…」

 ひとり取り残された形のみっくんは唖然とした思いだった。今日は調子が悪いから、打つのをやめるよ、とか何とか言ってくれればいいものを、何もそんなふうに怒ったみたいに帰らなくてもいいではないか。何が気に入らないんだろう? 自分勝手な人だな。まあいい。ああいう神がかった人には、往々にしてそういうことがある。みっくんはぶつぶつ呟きながらもカケル君がいなくなってからひとりでしばらく打っていたがやはりメダルは減る一方だった。

 

 その後、カケル君と三度ほど店で打ったが、まったく勝てないでいた。そして七月上旬になった。

 

 カケル君がなかなか「子供」を「あっためて」くれないから、仕方なくみっくんは自力で勝てる台を捜していた。そしてその日は久々に早い段階でバトルボーナスをゲットすることができた。みっくんの斜め後ろで打っていたカケル君は、みっくんが大当たりを引くと、みっくんの隣の席に移動してきて、昂奮ぎみに打つ彼をじっと眺めていた。

 

 ケンシロウはラオウのキックに耐え、バトルボーナスは二ターン目にはいっていた。急に「打たせて」と言ってカケル君が横から、手を伸ばしてきた。みっくんはカケル君が連チャンが無限に続くまじないでもかけてくれるのかと思って、カケル君のやるがままに任せていた。カケル君は、全くの素人みたいな打ち方をしていた。大当たり中にもかかわらず、順序通りに打たず、メダルは全く吐き出されていなかった。みっくんは訝しそうにカケル君を見た。カケル君が突然、横合いから、<無想転生>と書かれた機体を握り拳でどしん! と叩いた。一発では足りなくて、二発、三発、と徐々に力をこめて殴りだした。機械が激しく揺れ、壊れてしまうのではないかとみっくんは思った。四発目を叩くと、ついに店員がやって来て、カケル君を止めた。他の係員も二、三人わらわらと出てきて、まだ機体を殴ろうとしているカケル君を羽交い締めにした。みっくんの目の前で、カケル君は店の裏に連れて行かれてしまった。

 

 カケル君はそれから全然戻って来なかった。

 

 カケル君の煙草の箱が隣の台のメダル受けに置きっ放しになっていた。

 

 気を取りなおして、みっくんがボトルボーナスを消化しはじめた。画面上では、ケンシロウがラオウの剛掌波をくらっている真っ最中だった。そして三、四回レバーを叩くと、ケンシロウはくずおれ、バトルボーナスはあっけなく終わってしまった。カケル君が機体に衝撃を与えたためだろうか。

 

 みっくんはあらためて、

 

「何やってんだ、あの馬鹿」

 

 と呟いた。そしてスロットを打ち続けたが、一方で店の奥に連れて行かれたカケル君のことを心配もしていて、時々様子を見に行った方がいいか否かと考えていた。

 カケル君が連れて行かれて三十分ほどしてから、定期的に廻っている掃除の人が、カケル君のまだ数本入っている煙草の箱をゴミ袋の中に入れて回収していった。

 

 みっくんは、「それ、カケル君って言って、僕の友達のなんですけど」と掃除の人に言った。掃除の人が返答に困っていると、三十代くらいの男のスタッフがやって来て、

 

「あいつなら、もう帰ったよ」

 という。みっくんは驚いて、

 

「そうなんですか?」と訊ねた。「戻って来るの、待ってたんですけど……」

 

 スタッフの男は、すこしにんまりした表情で言った。

 

「十五分ほど店長に説教くらって、反省したように帰って行ったよ、あいつ。トラブルメーカーだったから。もう店に来ることはないと思うけど」

 

「……」

「器物損壊とまではいかないから、警察には届けないけど、始末書書かせて、写真も撮った。出禁にしたから。まあ、頭おかしいんだろうけどさ、前からギャーギャー喚きだしたり、客と口論になったり、さ……」

 

 スタッフは忙しそうに通路を歩いて消えて行った。掃除を担当している痩せた男も、今のうちというふうに、みっくんから離れて行った。

 

 みっくんはスロットを再開した。カケル君が殴打した機体を打ち続けた。そうしながらも、みっくんは何だか腑に落ちない気持ちだった。カケル君が何故急にあんなことをはじめたのか。当人がもう此処にいない以上、ひとりで考えていてもしようがなかったけれど、みっくんはカケル君の家の場所も知らないし、彼は電話をもっていないから、このような場合、連絡のつけようもなかった。

 

 その後閉店一時間まえまで打っていたが、みっくんはあきらめて店を出ることにした。カケル君がいなくなってから何度か大当たりを引いたが、いずれも連チャンの回数が少なく、その日の収支は一万五千円ほどマイナスになって終わった。

 

 カケル君はやはり戻って来なかったし、店の周辺にもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

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執筆者紹介

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 

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