小説『777』ー④ー にゃんく

777

ー④ー

 

 

 

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

 

 パチスロ店に行くたび彼の姿を捜したが、なかなかお目にかかることができなかった。そのうち現れるだろうと思って打ちはじめると、どんどん負けて、この分だと彼のおかげで大勝した金も数回で無くなってしまいそうな勢いだったので、みっくんはやっぱりしばらく彼と再会できるまで、出来るだけ今ある金を温存しておこうと思い、遊技するペースをやや抑えることにする。広いフロアを隅から隅まで、一階から最上階の五階まで、くまなく捜す。台はほとんど「北斗の拳」で埋め尽くされているが、いちおう他の機種のスペースの処も捜してみる。けれども彼の姿はない。

 

 彼に会えたのは、席を譲られてから十日ぶり、みっくんの三度目の来店の時だった。厳密に言えば、その日もスロット店の中に彼の姿はなかった。ひょっとしてと思い、歌舞伎町周辺をぶらついてみたら、果たして彼はいた。彼は風俗店の看板のまえで、もっか入店しようかどうか迷っている様子だった。こんなところで何をしているのだろう、場所が場所だっただけに一瞬声をかけるのが躊躇われたけれど、このまま見逃がすと次会えるのが何時のことになるかわからない。思いきって声をかけた。

 

 彼は澄んだ瞳を瞠ってみっくんを見た。みっくんは彼にこのあいだの礼を言った。

 

「こんなところで何をしているんですか?」

 とみっくんが質問すると、

「いや、ちょっとね」と彼は口ごもりながらも、「この店に、お気に入りの女の子がいるんだけど、まだ出勤してこないかなと思って」

 と照れたように答えた。

 

 みっくんはこのあいだのお礼だと言って用意しておいた封筒(中には一万円札が入っている)を彼に手渡し、今時間がありますか、よかったら飯でも食いに行きませんかと彼を誘ってみた。

 

「時間は大丈夫」と彼は言った。「暇人だから」

 みっくんはご馳走するから、何か食べたいものを言ってくださいと彼に告げた。一万円プラスご馳走をしても、このあいだの大勝はお釣りがくるのだ。高級店をご希望するかと思いきや、彼は意外にも、

「ラーメン食べたいな」

 と言う。「ひさしぶりに、うまいラーメン、食べたいな」

 

 じゃあ、そうしましょうと彼と並んで歌舞伎町を歩いた。日が暮れようとしている。風俗店の色褪せた看板にぽつぽつとネオンが灯りはじめている。出勤途中のおんなや、そのおんなたちを追いかけるように歌舞伎町の奥へと分けいっていくおとこが増殖をはじめていた。コマ劇場の南を右に折れて、しばらく歩いた。それから四つ辻を左に曲がり右に曲がって、暖簾をくぐって適当なラーメン屋にはいった。客はひとりしかいなかった。

 

「ここのラーメン、おいしいのかな?」

 と彼は独り言のように言った。

 

「さあ」とみっくんは彼の横顔に視線を当ててちょっと考えた。「僕ラーメンあまり食べないから」

 彼はつつつつと歩いていき、もう店の中の椅子に腰をおろし、メニューを開いている。みっくんは彼の対面のテーブル席に腰をおろした。「ラーメンあまり好きじゃない?」

 

 彼はおすすめマークのついている、チャーシュースタミナラーメンを白い調理着を着た店の者に注文した。

 

「蕎麦の方が好きです」

 みっくんは塩バターラーメンにした。

 

 彼は顎の下で組んだ両手にあたまの重量をもたせかけるようにしている。

 

「へえ、健康的だね」と彼は言った。「見習わなきゃ」

 店の壁にはメニューを書いた短冊が並んでいる。白い壁は時の変遷をあらわす灰色の染みで薄らと覆われている。

 

「それで、どのくらい勝ったの?」

 

 もっと寄越せと言われたら困ると思ったわけではないが、みっくんはそこは曖昧に答えた。「それなりに、勝たせて貰いました」

「それはよかった」

 

 厨房からもわっと白い煙があがった。

 

 すこしして、ラーメンが二人分、テーブルに運ばれて来た。

 

 彼は割り箸を割り、

「ラーメンってのは、世界でいちばん健康に良くない食べ物だっていうからね」

 と言った。

「そうなんですか」

 彼はみっくんの答えを聞くか聞かないうちに、もうラーメンを啜っている。

 

「それにしても」とみっくんは訊ねた。「どうしてあの台が出るってわかったんですか?」

「俺、店のやつらからマークされててさ」彼は箸でつまんだ麺を高く掲げ、顔を上へ向け開いた口に麺を落としこむようにしながら食べている。食べづらくないんだろうか。彼は口いっぱいに詰め込んだ麺が幾分少なくなると、答えた。

「でもインチキなんてしていないよ。おかしなのは、やつらだ」

 

 彼は憤懣やるかたないというふうに、澄んだ瞳を吊り上げて話した。

 

 それまで全く出ていなかった台が、彼が坐った途端にメダルを吐き出しはじめる。低い設定にしているはずの台が、彼が打ちはじめると急にメダルを噴出しはじめる。だから店長に不審がられ、店の奥に連れ込まれ、問い質され、何か機械をしのばせていないか、何度も身体検査をされた。でも、もちろん何も見つからない。何故なら「インチキ」はしていないから。

 

「食べていくのに必要最低限のお金しか、あの店からはもらっていないんだ」

 

 と彼は語った。それなのに、店はあの手この手をつかって俺を排除しようとしてくる。ひどいよね。それじゃあ、俺に死ねって言ってるのと同じだぜ。俺は台の声を聴く以外、特技がないから。まともに働くこともできないし。収入源はあの店からのギャンブルの儲けしかないわけ。その俺に、ヤクザまで使って威しかけてんだぜ。

 

 風俗店で遊ぶのも必要最低限のお金なのだろうかとみっくんは疑問に思ったけれど、その話題にはそれ以上触れなかった。

 

 彼は健康に良くないという自分の台詞を忘れたかのように、レンゲを使わずに口をつけたどんぶりを斜めに傾け、最後の一滴までラーメンを喉の奥に流しこむように飲み干した。

 

「ぷはー、うまい」と彼は言った。そして目の前のみっくんに視線を当て、「ありがとう」とはっきり言った。

 

 彼はすこぶる機嫌が良さそうに見えた。みっくんが、こんどスロットで勝つ方法を教えてほしいと言ってみると、案外簡単に、「いいよ」と言ってくれた。

 

「台の力を引き出してやるんだ」と彼は言った。「眠れないこどもに、そっと子守唄をきかせるみたいに」

 

「子守唄?」

 

 彼はつまようじを歯のあいだに差し込んで、ゴミをとっている。

 

「子どもたちひとりひとりの能力の違いはあるけれど、その能力をうまく引き出してあげるのがプロだよ」

 

 はあ。みっくんは水差しを持ち上げてグラスに水をついた。カランという氷の音がした。水を一口飲んでから、

「出る台は出るって決まっているし、出ない台は出ないってはじめから決まってるんじゃないんですか?」

 

 とみっくんは尋ねた。

 

「それは違う」

 

 彼は即座に否定した。

 

「君が子どもだったとして、大人から、こいつはできないやつだって決めつけられるのは嫌だろう?」

 

 みっくんはとりあえず頷いた。でもそれは彼の台詞の意味を理解してのことではなかった。

 

 三十代のカップルが暖簾をくぐって店の中に入ってきた。

 

 つまようじで歯のあいだのゴミを取り終えた彼は、目を瞠ってしばらくみっくんの姿を凝視していたが、出し抜けに、「眠くなった。帰る」

 

 と言って立ち上がった。

 

 みっくんは慌てて、連絡先を教えてほしいとお願いしたけれど、彼は携帯を持っていないという。名前を訊くと、

 

「カケル」

 

 と教えてくれた。「近くに住んでいるから。ほとんど三日おきに行ってるから。すぐ会えるよ」

 

 と彼は去り際に言った。引き留めようとするみっくんをあやすように「じゃね」を手を振り、ラブホテル街の方へ消えて行った。

 

 スロットで勝つための、具体的な方法や技術は結局何も聞けずじまいだった。台のことを子どもと呼ぶのもまともでなかった。けれどカケル君が嘘を言っているようにも思えなかった。カケルくんの話にはどこか惹きつけられるものがあった。

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

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執筆者紹介

にゃんく

にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。

 

 

 

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