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にゃんく
二月にはいった。ミミラと一ヶ月以上逢っていなかった。
そんなことはかつてないことだった。
ミミラからメールと電話がきていた。
「おーい。元気かい?」
それにみっくんは返信もしなかったし、リダイヤルもかけなかった。
話をすれば逢いたくなるし、また金を使ってしまうから自制しているのだった。
みっくんは眠れぬ夜にひとり涙を流しながら考えた。
今からいっさいギャンブルをやめて以前の質素な生活にもどれば、毎月の給料でちまちまと借金だって返済はできるはずだった。誰にも自分の行為を知られずに引き返せるはずだった。
それには手を切らねばならない事柄がふたつあった。
ミミラとギャンブルだった。
ギャンブルから手を引こう。そしてミミラともお別れしよう。
けれどもみっくんは未練がつのるミミラに、せめて最後に一度電話で話をしたいと思った。
そこでサヨナラを言おう。
ミミラは自分のことなど歯牙にもかけないだろう。
でも最後に彼女の声を聴きたかった。
彼女の声が聞けるのは、これが最後だった。
夜の二時になった。みっくんはミミラに電話した。夜更けだったけれど、ミミラにとっては、この時間がいちばん活動的で、都合がいい時間のはずだった。
思いがけなく二コールめの速さで彼女は電話に出た。みっくんは思わず電話を切ってしまいそうになった。
「どうしたの?」
「……」
「久し振りじゃない。淋しかったわ」
店の喧噪が間近に聞こえた。
「いま大丈夫?」
「仕事中だわよ。でも、そんなこと、どうでもいいわよ。電話くれないから、心配してたのよ」
珍しく優しい言葉が聞けて、みっくんは声がつまった。
「君に、もう逢えなくなった」
みっくんはできるだけ明るい声を出そうとした。最後のお別れに、情けない声を聴かれたくなかった。
一瞬息をのむ間があった。
「なんでなのよ?」
今まで聞いたこともないような、動物が発するような唸り声のような低い声でミミラが尋ねた。ミミラはたぶん怒っているのだ。
「あたしのことが、嫌いになったの?」
「そうじゃない」とみっくんは言った。「お金がなくなったんだ。だからもう、君には逢えない」
感情を抑えられなかった。最後は鼻声になった。みっくんは声にならない涙をながしていた。
「どうしたの?」
異変に気づいたのか、ミミラは言った。
「だから最近、連絡くれなかったの?」
みっくんは鼻をすすりあげていた。涙が汚いジャージに滴った。警察学校にいる時からずっと着ているジャージだった。ズボンのゴム紐のところに、「南」とネームがはいっている。
「お金なんか、なくてもいいじゃない」
とミミラが言った。
「逢いましょうよ、また以前みたいに」
みっくんはしゃくりあげながら言った。
「もう、前みたいに、プレゼントもできないんだ。店に行く金もないんだ」
寮の静けさが迫ってくる。ミミラはすこし、黙っていた。
「ぼくはもう、君にふさわしい人間ではなくなったんだ」
鼻がぐじゅぐじゅ音を立てた。拭いても拭いても涙がぽたぽた落ちる。情けない。甲斐性がない。泣いている時点で、ミミラの彼氏などつとまるはずがないことを証明しているようなものだと、みっくんは思った。
「そんなこと、別にかまわないわ。店に来れなくたっていいわ。あたし、あなたがいないと淋しいのよ」
「……」
「だから、そんなこと言わないで」
込み上げてくる嗚咽が止まらない。いったい何と言えばいいのだろう? 思いが言葉にならずに、涙にかわってる。
「あなたとしばらく逢えなくて、あたし分かったの」とミミラが言った。「あたしのことをいちばん良く考えてくれていたのが、あなただったって」
時間のながれが緩やかになった。奇跡がおこっていることは、みっくんにもすこしずつ分かってきた。あんなに我が儘でみっくんの言うことに耳を傾ける素振りも見せなかったミミラが、改心したようなのだ。
気がつくと、ワアーーーー! とみっくんは獣の叫び声を発してしまっていた。
「どうしたん?」
驚いてミミラが聞いた。みっくんが嬉しくて泣いているのだとわかると、
「大丈夫大丈夫」
と慰めた。「泣くな泣くな! よしよし!」
みっくんの頭は、ぴくぴくと、痙攣しているように、僅かに動いていた。
一週間後の週末、ふたりは逢う約束をした。今度は彼女が働いているキャバクラ店にも行かないし、ミミラがプレゼントをねだることもないはずだった。もはや商売女と客との関係ではなかった。正真正銘、対等の、交際している一組のカップルだった。
つづく
執筆者紹介
にゃんく
にゃんころがりmagazine編集長。
X JAPANのファン。カレーも大好き。
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